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  • オーストラリアで問題になった外来動物|ウサギ・ケイン・トード・野生猫の歴史

    オーストラリアで問題になった外来動物|ウサギ・ケイン・トード・野生猫の歴史

    オーストラリアは、カンガルー、コアラ、ウォンバット、カモノハシなど、ほかの大陸では見られない独特な動物が暮らす国です。

    ところが現在、この固有の生態系を大きく脅かしている動物の中には、もともとオーストラリアにいなかった種類が少なくありません。

    ヨーロッパアナウサギ、ケイン・トード、野生猫、アカギツネ、野生化したブタ、シカ、ラクダ――。

    その多くは、人間がオーストラリアへ持ち込みました。

    しかも偶然入り込んだものばかりではありません。

    狩猟を楽しむため、害虫を退治するため、ネズミを減らすため、家畜やペットとして利用するためなど、当時としてはそれなりの目的を持って導入された動物も多くいました。

    ところが、オーストラリアの環境へ放たれた後に状況が一変します。

    天敵が少ない。餌が豊富。繁殖力が高い。そして、オーストラリア固有の動物たちは新しく現れた捕食者や毒を持つ動物に適応していない。

    こうした条件が重なり、一部の外来動物は大陸規模で広がってしまいました。

    ウサギまで、オーストラリアでは環境問題になるんですか?
    なります。かわいらしいイメージとは裏腹に、野生化したウサギは植物を食べ尽くし、土壌を荒らし、農業にも大きな被害を与えます。オーストラリアでは100年以上にわたり対策が続いています。

    この記事では、特にオーストラリアの環境史を象徴するウサギ、ケイン・トード、野生猫の3種類を中心に紹介します。

    なぜ導入されたのか、どうしてこれほど広がったのか、どんな動物が被害を受けたのか、そして2026年現在どのような対策が行われているのか。

    その歴史をたどると、現在のオーストラリアが空港や国境で動植物の持ち込みに非常に厳しい理由も見えてきます。

    目次:オーストラリアで問題になった外来動物(クリックで開閉)
    1. 外来動物とは?
    2. 外来種がすべて悪いわけではない
    3. なぜオーストラリアでは影響が大きくなりやすい?
    4. 1. ウサギ|13匹から大陸規模へ
    5. ウサギ自体はファースト・フリートでも来ていた
    6. 1859年、トーマス・オースティンが野生ウサギを放す
    7. 50年ほどで大陸の大部分へ
    8. ウサギが引き起こした被害
    9. 1950年には約6億匹
    10. 巨大なラビット・プルーフ・フェンス
    11. 1950年、ウイルスでウサギを減らす
    12. 次に導入されたウサギ出血病ウイルス
    13. 2026年現在も終わっていないウサギ対策
    14. 2. ケイン・トード|害虫退治のために導入
    15. サトウキビ農家を悩ませた甲虫
    16. 1935年、ゴードンベールで2,400匹を放す
    17. 肝心の害虫退治にはほとんど役立たなかった
    18. 最大の問題は強力な毒
    19. クイーンズランド州から西オーストラリア州まで拡大
    20. ケイン・トードに適応し始めた動物もいる
    21. ケイン・トードを全滅させる方法はある?
    22. 3. 野生猫|普通のイエネコと同じ種類
    23. 猫はヨーロッパ人の入植とともに到来
    24. ウサギやネズミ対策として猫まで放された
    25. 19世紀末には大陸規模へ
    26. 年間15億匹を超える在来脊椎動物を捕食
    27. 20種を超える哺乳類の絶滅に関与
    28. 野生猫と飼い猫はどう違う?
    29. 現在の野生猫対策
    30. ウサギ・ヒキガエル・猫だけではない
    31. 善意の導入でも結果は予測できない
    32. だからオーストラリアの検疫は厳しい
    33. 旅行者にも関係するバイオセキュリティ
    34. 外来動物の歴史から見えるオーストラリア
    35. よくある質問




    外来動物とは?

    外来種とは、本来その地域に生息していなかったにもかかわらず、人間の活動によって持ち込まれた生物を指します。

    海外から来た生物だけとは限りません。

    同じ国の中でも、本来生息していなかった地域へ人間が移した場合には問題になることがあります。

    オーストラリアではヨーロッパ人の入植が始まった18世紀末以降、家畜、ペット、狩猟動物、害虫駆除用の動物など、さまざまな生物が持ち込まれました。

    その一部が野生化し、現在の環境問題へつながっています。

    外来種がすべて悪いわけではない

    ここは混同されやすいところです。

    「外来種=害を与える生物」ではありません。

    オーストラリアには羊、牛、馬なども人間が持ち込んだ動物ですが、適切に管理された家畜は国の農業を支える重要な存在です。

    問題になるのは、野外で定着・拡散し、生態系、農業、社会などへ大きな被害を与える種類です。

    こうしたものを一般に「侵略的外来種」と呼びます。

    ウサギ、野生猫、アカギツネ、ケイン・トードなどは、オーストラリアを代表する例です。

    なぜオーストラリアでは影響が大きくなりやすい?

    オーストラリア大陸は長い間、ほかの大陸から地理的に隔離されていました。

    そのため、有袋類、単孔類、独特な鳥や爬虫類などが、ほかの大陸とは異なる生態系の中で進化してきました。

    例えばオーストラリアの小型哺乳類は、猫やキツネのような捕食者と何百万年も共存しながら進化してきたわけではありません。

    ケイン・トードの強力な毒についても同じです。

    初めて遭遇したオオトカゲやフクロネコなどが「食べてはいけない相手」だと知らずに捕食し、毒で死亡することがあります。

    さらにオーストラリアの乾燥地には、繁殖速度の遅い小型有袋類も多く生息しています。

    こうした動物では、外来捕食者によって少数が毎年失われるだけでも、個体群が回復できなくなる可能性があります。

    1. ウサギ|13匹から大陸規模へ

    オーストラリアの外来動物史で、最も有名な失敗例のひとつがヨーロッパアナウサギ(Oryctolagus cuniculus)です。

    今では農地や自然環境に大きな被害を与える動物ですが、導入のきっかけは非常に単純でした。

    「イギリスと同じように、ウサギ狩りを楽しみたい」。

    そのために放されたわずかなウサギが、後に大陸規模の環境問題へ発展します。

    ウサギ自体はファースト・フリートでも来ていた

    ウサギが初めてオーストラリアへ来たのは1859年ではありません。

    1788年のファースト・フリートにも、食用や飼育用と考えられるウサギが積まれていました。

    ただし、これらは野生へ放され、大陸中へ広がった現在の野生ウサギの直接的な起源とは考えられていません。

    大規模な野生化の決定的なきっかけとなったのは、その約70年後のビクトリア植民地でした。

    1859年、トーマス・オースティンが野生ウサギを放す

    1859年、裕福な牧場主トーマス・オースティン(Thomas Austin)は、ビクトリア州ウィンチェルシー(Winchelsea)近郊のバーワン・パーク(Barwon Park)で暮らしていました。

    イギリス出身だったオースティンは、故郷で楽しんでいたウサギ狩りをオーストラリアでも行いたいと考えます。

    イギリスから野生ウサギを取り寄せ、1859年のクリスマスに13匹のヨーロッパ野生ウサギを敷地内へ放したと国立オーストラリア博物館では記録しています。

    結果はすぐに現れました。

    1866年には、バーワン・パークだけでハンターが1年間に約1万4,000匹を仕留めています。

    それでも繁殖を抑えることはできませんでした。

    50年ほどで大陸の大部分へ

    オーストラリアはウサギにとって、あまりにも住みやすい環境でした。

    餌になる植物が豊富。

    穴を掘れる土地が広大。

    そしてヨーロッパにいたような天敵も少ない。

    繁殖力の高いウサギは驚異的な速度で広がっていきました。

    1880年にはマレー川を越えてニューサウスウェールズ州へ。

    1886年にはクイーンズランド州へ到達。

    1894年にはナラボー平原を越え、西オーストラリア州まで到達しています。

    CSIROは、1859年を起点とする野生個体群が約70年間でオーストラリア国土の約70%へ広がったとしており、知られている哺乳類の侵入例として世界でも極めて速い拡大でした。

    ウサギが引き起こした被害

    ウサギの問題は、農作物を食べるだけではありません。

    影響 内容
    農業被害 牧草や農作物を食べ、家畜と餌を競合する
    植生破壊 新芽や苗木を食べ、植物の再生を妨げる
    土壌侵食 植生が減ることで地表が露出し、風雨による侵食が進む
    在来動物との競合 餌や巣穴をめぐり在来動物と競合する
    生息地の変化 植物相そのものを変え、小動物の隠れ場所を減らす

    ウサギが植物を食べ続けることで、樹木や低木の新しい世代がほとんど育たなくなる場所もあります。

    CSIROによると、種類によっては1ヘクタールに1匹未満という低い密度のウサギでも、在来樹木や低木の再生を完全に妨げることがあるとされています。

    2026年現在でも、農業上の損失と対策費を合わせた被害は年間最大約1億9,700万豪ドルと推定されています。

    1950年には約6億匹

    ウサギ問題が最も深刻だった時代には、その数は想像を超える規模になりました。

    CSIROによると、1950年頃にはオーストラリア国内のウサギが約6億匹に達していたと推定されています。

    現在のオーストラリア人口の20倍を大きく上回る数です。

    農場によっては牧草がほとんど食べ尽くされ、経営を続けられなくなった場所もありました。

    そこで人々は、射撃、罠、毒餌、巣穴の破壊など、あらゆる方法を使ってウサギを減らそうとします。

    その中でも規模の大きさで知られているのが、西オーストラリア州の巨大なフェンスです。

    巨大なラビット・プルーフ・フェンス

    東から押し寄せるウサギが西オーストラリア州の農地へ入るのを防ぐため、1901年からラビット・プルーフ・フェンス(Rabbit-Proof Fence)の建設が始まりました。

    第1号フェンスは、州南部から北西部まで約1,834キロ。

    当時としては世界最長級の連続したフェンスでした。

    ところが、大工事には大きな問題がありました。

    フェンスが完成する前に、すでにウサギが反対側へ入り込んでいたのです。

    そこで、さらに西側へ第2号フェンスも建設されました。

    フェンスはウサギの侵入速度を抑える役割を果たしましたが、大陸からウサギを排除することはできませんでした。

    「壁を造れば解決する」というほど、侵略的外来種の問題は単純ではなかったのです。

    1950年、ウイルスでウサギを減らす

    転機となったのが、生物学的防除でした。

    CSIROの前身となる研究機関は、ウサギに致死的な病気を起こすミクソーマ・ウイルスの研究を行います。

    1950年に本格的な野外利用が始まると、蚊などによって感染が急速に拡大しました。

    ウサギの個体数は劇的に減少します。

    これは哺乳類の害獣に対する世界初の成功した大規模な生物学的防除として知られています。

    しかし、これで問題が終わったわけではありません。

    ウサギ側には抵抗性が生まれ、ウイルス側にも毒性が弱い系統が現れ、1950年代後半から個体数が再び増加していきました。

    次に導入されたウサギ出血病ウイルス

    次に利用されたのが、ウサギ出血病ウイルスです。

    CSIROなどによる長期間の研究を経て、1996年からオーストラリアで正式に生物学的防除へ利用されるようになりました。

    特に乾燥地域では大きな効果があり、ウサギの数が大幅に減少しました。

    2017年には、効果を高めるため新しい系統も全国的に放出されています。

    ただしウイルスとウサギは互いに変化していくため、一度放出すれば永久に解決するわけではありません。

    2026年現在も終わっていないウサギ対策

    「1950年代にウイルスで退治した」と思われがちですが、ウサギは現在もオーストラリアに広く生息しています。

    2024年には、今後も生物学的防除を持続させるための全国的な研究戦略が承認されました。

    2026年6月には、オーストラリア政府、州・準州政府、研究者、農業関係者らが参加する全国ラウンドテーブルも開催されています。

    現在の基本は、ウイルスだけに頼るのではなく、巣穴の破壊、フェンス、毒餌などを地域の状況に合わせて組み合わせる方法です。



    2. ケイン・トード|害虫退治のために導入

    ウサギが「狩りを楽しみたい」という理由で広がったのに対し、ケイン・トード(Cane Toad)は農業を助ける目的で意図的に導入されました。

    日本語ではオオヒキガエルとも呼ばれます。

    原産地は中南米。

    現在ではオーストラリアを代表する侵略的外来動物のひとつですが、1935年当時はサトウキビ畑を守ってくれる「救世主」になることが期待されていました。

    サトウキビ農家を悩ませた甲虫

    クイーンズランド州では19世紀後半からサトウキビ産業が拡大しました。

    ところがサトウキビの根を食べる甲虫の幼虫による被害が大きな問題になります。

    当時は現在ほど農薬が発達していません。

    そこで注目されたのが、害虫を食べてくれる動物を利用する「生物学的防除」でした。

    ケイン・トードはハワイなどでサトウキビ害虫対策に利用されており、オーストラリアでも導入が検討されます。

    1935年、ゴードンベールで2,400匹を放す

    1935年6月、サトウキビ試験局の昆虫学者レジナルド・マンゴメリー(Reginald Mungomery)がハワイから繁殖用のケイン・トードを持ち帰りました。

    場所はケアンズの南にあるゴードンベール(Gordonvale)。

    囲いの中で繁殖させ、同年8月には約2,400匹の若いケイン・トードが周辺へ放されました。

    現在の感覚では驚きますが、国立オーストラリア博物館によると、放出前にオーストラリアの生態系へ与える影響を調べる十分な研究は行われていませんでした。

    さらに、「そもそもケイン・トードが問題の甲虫を効果的に食べられるのか」という基本的な点も十分に検証されていませんでした。

    肝心の害虫退治にはほとんど役立たなかった

    結果として、ケイン・トードは期待された働きをしませんでした。

    理由のひとつは、サトウキビ害虫の生活場所です。

    幼虫は地中で根を食べます。

    成虫はサトウキビの茎の高い場所にいることがあります。

    地上を移動するケイン・トードにとって、どちらも簡単に食べられる相手ではありません。

    つまり退治するはずだった害虫には届かず、オーストラリアの別の生き物を食べながら増えていったのです。

    最大の問題は強力な毒

    ケイン・トードの大きな武器が毒です。

    成体は肩の後ろに大きな毒腺を持ち、刺激を受けると毒性のある分泌物を出します。

    卵やオタマジャクシを含め、生活史のさまざまな段階で毒性があります。

    問題なのは、オーストラリアの在来捕食者の多くがこの毒に適応していないことです。

    オオトカゲ、ヘビ、ワニ、フクロネコなどがケイン・トードを食べ、死亡することがあります。

    特にキタフクロネコでは、ケイン・トードの侵入後に急激な個体数減少が確認された地域があります。

    ケイン・トードによる「致死的な毒の摂取」は、オーストラリアの連邦環境法で主要な脅威のひとつとして位置付けられています。

    クイーンズランド州から西オーストラリア州まで拡大

    1935年にはケアンズ周辺の限られた地域にいたケイン・トードですが、その後、生息域を大きく広げました。

    現在はクイーンズランド州の広い範囲だけでなく、ニューサウスウェールズ州北部、ノーザンテリトリー、そして西オーストラリア州北部にも定着しています。

    特にオーストラリア北部では、世代を重ねるにつれて移動能力の高い個体が分布の先端部に集まり、拡散速度そのものが速くなったことも研究されています。

    ひとつの農業地域へ放した動物が、数十年後にはオーストラリア北部を横断してしまったのです。

    ケイン・トードに適応し始めた動物もいる

    自然界では興味深い変化も起きています。

    一部の在来動物は、ケイン・トードを避けたり、毒の少ない部分だけ食べたりするようになっています。

    キールバックと呼ばれるヘビは、ケイン・トードの毒に比較的強いことで知られています。

    アカハラクロヘビでは、ケイン・トードがいる地域の個体群で毒への抵抗力が高くなったり、頭部が小さくなったりする変化も研究されています。

    頭が小さければ、大型で毒量の多いケイン・トードを飲み込めません。

    人間が突然持ち込んだ新しい動物に対し、在来種側でも進化的な変化が起きていることになります。

    ケイン・トードを全滅させる方法はある?

    残念ながら、2026年現在、オーストラリア大陸全体からケイン・トードを取り除く現実的な方法はありません。

    分布域があまりにも広大だからです。

    オーストラリア政府も現在は、単純な「全滅」を目指すより、特に被害を受けやすい在来種や重要地域を守ることを重視しています。

    地域単位で成体やオタマジャクシを除去したり、水場への侵入を防いだり、在来捕食者がトードを避けるよう学習させる研究なども行われています。

    1935年にわずかな地域から始まった問題が、90年以上たった今も続いていることになります。

    3. 野生猫|普通のイエネコと同じ種類

    3つ目は野生猫です。

    ここでいう野生猫は、ライオンやヤマネコのような別種のネコではありません。

    人間の家庭で飼われているイエネコと同じ種類です。

    人から餌をもらわず、野外で繁殖し、狩りや死肉によって生きている個体をオーストラリアでは一般に野生猫と呼びます。

    体が特別に巨大なわけでもありません。

    ところがオーストラリアの小型動物にとっては、非常に効率のよい捕食者です。

    猫はヨーロッパ人の入植とともに到来

    猫はヨーロッパ人の初期入植とともにオーストラリアへ持ち込まれました。

    1788年のファースト・フリートでも、シドニー・コーブへ猫が持ち込まれた記録があります。

    船ではネズミ対策として猫を飼うことが一般的でした。

    入植地でも、食料庫などをネズミから守るために猫は役立ちました。

    もちろん当時の人々は、数百年後に猫がオーストラリア固有の小型哺乳類にこれほど大きな影響を及ぼすことを予想していませんでした。

    ウサギやネズミ対策として猫まで放された

    さらに皮肉なのは、19世紀後半に増えすぎたウサギやネズミを減らす目的で、猫が農村部へ意図的に放されたことです。

    つまり人間が導入した外来動物を抑えるため、さらに別の外来動物を導入した地域がありました。

    ところが猫はウサギやネズミだけを狙うわけではありません。

    小型の有袋類、在来ネズミ、鳥、トカゲ、カエルなども捕食します。

    結果として、ウサギ対策として放した捕食者が新たな環境問題になりました。

    19世紀末には大陸規模へ

    猫は入植地から徐々に内陸へ広がっていきました。

    現在のオーストラリア政府の2024年野生猫脅威軽減計画では、19世紀の後半にウサギやハツカネズミの増加を抑える目的で農村部へ放された猫も、野生個体群の拡大を助けたとしています。

    19世紀末までには、大陸の広い範囲へ野生猫が広がっていました。

    現在は熱帯雨林、森林、草原、湿地、砂漠など、ほぼあらゆる陸上環境に生息しています。

    年間15億匹を超える在来脊椎動物を捕食

    野生猫の問題を数字で見ると、その規模がわかります。

    オーストラリア政府による現在の推計では、野生猫は毎年、15億匹を超える在来の哺乳類、鳥、爬虫類、カエルを捕食しています。

    さらに昆虫などの無脊椎動物も年間約11億匹を捕食すると推定されています。

    1匹の猫がすべて希少動物を食べるわけではありません。

    しかし絶滅寸前の動物では、毎年わずかな個体が捕食されるだけでも大きな問題になります。

    特に体重4キロ以下の地上性哺乳類や、地面で生活・繁殖する鳥、爬虫類などが影響を受けやすいとされています。

    20種を超える哺乳類の絶滅に関与

    野生猫は単に「在来動物をたくさん食べる」というだけではありません。

    オーストラリア政府は、猫が20種を超えるオーストラリア固有の哺乳類の絶滅に関与したとしています。

    現在も200種を超える国の絶滅危惧種にとって、猫の捕食が脅威になっています。

    ビルビー、ベトン、バンディクート、ナンバットなど、日本人旅行者にはあまり知られていない小型有袋類も含まれます。

    オーストラリアが世界でも特に多くの哺乳類絶滅を経験した国となった背景には、猫やキツネなどの外来捕食者が大きく関係しています。

    野生猫と飼い猫はどう違う?

    生物学上は同じ動物です。

    野生猫 飼い猫
    種類 イエネコ イエネコ
    生活 人に依存せず野外で繁殖 人が飼育
    食料 主に狩りや死肉 人から与えられる餌
    野生動物への影響 広大な自然地域で捕食 外へ自由に出る場合は野生動物を捕食することがある

    飼い猫だから狩りをしないわけではありません。

    餌を十分に与えられていても、本能的に小動物を捕まえる猫はいます。

    そのためオーストラリアの自治体や州・準州では、飼い猫の登録、マイクロチップ、不妊手術、夜間外出制限、敷地外へ出さない飼育など、地域によってさまざまな制度が設けられています。

    具体的なルールは自治体によって大きく異なります。

    現在の野生猫対策

    野生猫についても、大陸全体から完全に排除することは現実的ではありません。

    そこで重要になっているのが、希少動物が暮らす場所を優先的に守る方法です。

    2024年には新しい野生猫捕食脅威軽減計画が策定されました。

    現在行われている対策には次のようなものがあります。

    方法 内容
    毒餌 地域や条件を選び、野生猫を対象とした餌を使用
    罠 従来型に加え、人工知能を利用した識別技術も研究・導入
    フェンス 猫やキツネが入れない保護区をつくる
    島からの排除 条件が整った島では野生猫を完全に除去
    継続監視 カメラなどを利用して侵入や個体数を確認

    特に効果がわかりやすいのが、外来捕食者がいない島や大型フェンス内の「安全地帯」です。

    かつてその地域から消えたビルビーやベトンなどを再導入する保全事業も行われています。

    2026年現在、国の野生猫対策専門チームが州・準州政府、研究者、保全団体などと連携しながら対策を進めています。



    ウサギ・ヒキガエル・猫だけではない

    オーストラリアで問題になっている外来動物は、この3種類だけではありません。

    動物 主な問題
    アカギツネ 小型哺乳類、鳥、爬虫類などを捕食
    野生化したブタ 土壌や湿地を荒らし、作物や動物を食べ、病気を媒介
    野生化したヤギ 植物を食べ、在来動物と競合し、土地を荒らす
    野生化したラクダ 乾燥地域の水場や植生に影響
    シカ 植生を食べ、森林や農地へ影響
    コイ 河川や湿地の水質・底質に影響

    オーストラリア農業・水産・林業省では、脊椎動物の害獣による農業上の損失と対策費だけでも、年間約10億豪ドルに達すると推定しています。

    そこには、生物多様性の損失や文化的価値への影響は含まれていません。

    善意の導入でも結果は予測できない

    3つの動物を並べると、外来種問題の興味深い共通点が見えてきます。

    ウサギは「狩猟を楽しむため」。

    ケイン・トードは「農業害虫を減らすため」。

    猫は「ペットやネズミ対策」、そして地域によっては「増えたウサギやネズミを減らすため」。

    どれも「オーストラリアの自然を破壊しよう」と考えて導入されたわけではありません。

    むしろケイン・トードや農村部へ放された猫の場合、人間が抱えている問題を解決しようとしていました。

    ところが生態系は非常に複雑です。

    一種類を追加したとき、誰を食べ、誰に食べられ、何と競争し、数十年後にどこまで広がるかを完全に予測することはできません。

    この歴史は、現在の外来種対策にとって大きな教訓になっています。

    だからオーストラリアの検疫は厳しい

    日本からオーストラリアへ旅行した人なら、空港の検疫がかなり厳しいと感じたことがあるでしょう。

    食品、植物、木製品、種、動物製品、泥の付いた靴やアウトドア用品など、細かく確認されます。

    これは単に農業を守るためだけではありません。

    オーストラリア独自の生態系を、新たな害虫、病気、外来生物から守るためでもあります。

    島大陸であるオーストラリアは、海という天然の障壁によって多くの外来生物から守られてきました。

    しかし飛行機、貨物船、国際物流が発達した現在では、人間が新しい侵入経路をつくっています。

    一度定着してしまえば、ウサギやケイン・トードのように100年近く対策を続けても完全には取り除けない場合があります。

    だからこそ、侵入した後に退治するより、最初から入れないほうがはるかに効率的なのです。

    旅行者にも関係するバイオセキュリティ

    旅行者が外来種問題を難しく考える必要はありません。

    最も重要なのは、オーストラリア入国時の申告を正しく行うことです。

    特に食品や植物・動物由来の製品を持っている場合、「多分大丈夫だろう」と自己判断せず、対象になるものは申告します。

    申告したからといって、必ず没収されるわけではありません。

    係官が確認し、持ち込み条件を満たしていればそのまま入国できます。

    また海外で使用した登山靴、キャンプ用品、釣り具などには土や種、微小な生物が付着している可能性があります。

    オーストラリア旅行前にはきれいに洗っておくと安心です。

    空港で見る「バイオセキュリティ」という言葉の背景には、ウサギやケイン・トードをはじめとした長い外来種問題の歴史があります。

    外来動物の歴史から見えるオーストラリア

    オーストラリアの外来動物問題を振り返ると、強烈な数字が並びます。

    1859年に放された13匹の野生ウサギ。

    その子孫は大陸を横断し、1950年頃には約6億匹。

    1935年にクイーンズランド州で放された2,400匹のケイン・トード。

    害虫駆除にはほとんど役立たなかった一方で、現在はオーストラリア北部の広大な地域へ拡散しました。

    そして人間とともに大陸へ来た猫。

    現在、野生猫は毎年15億匹を超える在来脊椎動物を捕食し、20種を超える在来哺乳類の絶滅にも関与したとされています。

    どれも最初から現在の結果が予想されていたわけではありません。

    だからこそ、これらの歴史は単なる「昔の失敗談」ではありません。

    生き物を新しい環境へ移すと何が起こるのかを示す、現在進行形の巨大な実例なのです。

    そして、外来種対策は「悪い動物を退治する」というほど単純な話でもありません。

    ウサギも、ケイン・トードも、猫も、自分の意思でオーストラリアへ来たわけではありません。

    人間が持ち込み、その環境に適応して繁殖しただけです。

    問題の中心にあるのは動物そのものではなく、人間が生態系へ与えた変化と、その結果をどう管理するかということです。

    カンガルーやコアラだけを見ていると気付きにくいですが、オーストラリアの自然を理解するうえで、外来動物の歴史は避けて通れません。

    そして次にオーストラリアの空港で厳しい検疫を受けたときには、「また同じことを繰り返さないための仕組みなんだ」と少し違った見方ができるはずです。

    よくある質問

    オーストラリアのウサギはもともと在来種ですか?

    いいえ。ヨーロッパアナウサギは外来種です。飼育用のウサギは1788年のファースト・フリートでも持ち込まれましたが、現在の大規模な野生個体群は、1859年にビクトリア州で放されたヨーロッパ野生ウサギを大きな起源としています。

    本当に13匹のウサギから増えたのですか?

    国立オーストラリア博物館では、トーマス・オースティンが1859年のクリスマスにバーワン・パークで13匹のヨーロッパ野生ウサギを放したとしています。すでにほかの地域にもウサギは存在しましたが、この放出が大規模な野生個体群拡大の決定的なきっかけになったと考えられています。

    ラビット・プルーフ・フェンスは本当にウサギを止められましたか?

    一定の効果はありましたが、完全には止められませんでした。西オーストラリア州の第1号フェンスは約1,834キロに及びましたが、完成前にすでに西側へ入ったウサギが確認され、さらに第2号フェンスも建設されました。

    なぜケイン・トードをオーストラリアへ持ち込んだのですか?

    クイーンズランド州のサトウキビを食害する甲虫を減らすためです。1935年にハワイから導入され、ゴードンベール周辺で繁殖させた後、約2,400匹が放されました。しかし狙っていた害虫の防除にはほとんど役立ちませんでした。

    ケイン・トードには触っても大丈夫ですか?

    ケイン・トードは毒性のある分泌物を出すため、むやみに触らないほうが安全です。またオーストラリアには外見の似た在来のカエルもいるため、観光客が自分で捕まえたり駆除したりするのは避けましょう。

    ケイン・トードは現在も増えていますか?

    はい。クイーンズランド州からノーザンテリトリーを経て西オーストラリア州北部まで広がっています。大陸全体から完全に排除する実用的な方法は現在なく、重要な生態系や被害を受けやすい在来種を重点的に守る対策が行われています。

    野生猫は飼い猫とは違う種類ですか?

    同じイエネコです。人に依存せず野外で繁殖し、狩りなどによって生活している個体を野生猫と呼びます。飼い猫でも屋外を自由に歩く場合は野生動物を捕食することがあります。

    野生猫はどれくらいオーストラリアの野生動物を食べていますか?

    オーストラリア政府の現在の推計では、野生猫は毎年15億匹を超える在来の哺乳類、鳥、爬虫類、カエルを捕食し、さらに約11億匹の無脊椎動物を食べています。200種を超える国の絶滅危惧種にとって脅威になっています。

    なぜオーストラリアの空港は動植物の持ち込みに厳しいのですか?

    農業だけでなく、オーストラリア独自の生態系を海外の害虫、病気、植物、動物などから守るためです。一度外来生物が定着すると、ウサギやケイン・トードのように長期間対策しても完全に排除できない場合があります。



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  • オーストラリア発の発明10選|Wi-Fi・ブラックボックスなど世界を変えた技術

    オーストラリア発の発明10選|Wi-Fi・ブラックボックスなど世界を変えた技術

    オーストラリアの発明と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。

    回転式物干し台、ワインの箱、サーフィン用品――そんな「オーストラリアらしいもの」を想像する人もいるかもしれません。

    ところが実際には、私たちが毎日のように使っている通信技術から、航空安全、医療、紙幣、太陽光発電まで、世界中の生活を変えた技術の中にオーストラリア生まれのものが数多くあります。

    代表的なのがWi-Fiの基礎となった無線LAN技術です。

    さらに、航空事故調査に欠かせないブラックボックス、重度の難聴の人に音を届ける多チャンネル型人工内耳、現在では世界各国で使われているポリマー紙幣なども、オーストラリアの研究開発と深く結びついています。

    Wi-Fiって、オーストラリア人が一人で発明したんですか?
    そこは少し注意が必要です。Wi-Fi全体を一人がゼロから発明したわけではありません。オーストラリアのCSIRO研究チームが開発・特許化した高速無線LAN技術が、現在のWi-Fiを支える重要な技術になりました。

    「世界初」や「○○を発明した国」という話は、後からわかりやすく単純化されていることもあります。

    そこでこの記事では、そうした言い切りをできるだけ避け、オーストラリアで実際に開発された技術や、世界的な普及につながった研究成果を中心に10件紹介します。

    目次:オーストラリア発の発明10選(クリックで開閉)
    1. 実は「発明大国」でもあるオーストラリア
    2. 「オーストラリアが発明」の意味は意外に複雑
    3. 今回紹介する10の発明・技術
    4. 1. Wi-Fiの基礎となった高速無線LAN技術
    5. 天文学の研究から生まれたWi-Fi技術
    6. 発明したのは一人ではなくCSIROのチーム
    7. 2. 航空機のブラックボックス
    8. デビッド・ウォーレンのひらめき
    9. なぜ「ブラックボックス」なのにオレンジ色?
    10. 3. 多チャンネル型人工内耳
    11. グレアム・クラークと「聞こえ」の研究
    12. 4. ポリマー紙幣
    13. 偽札対策から生まれたプラスチック紙幣
    14. 5. HPVワクチンにつながった技術
    15. イアン・フレーザーとジャン・ジョウ
    16. 6. PERC型太陽電池
    17. マーティン・グリーンとニューサウスウェールズ大学
    18. 7. 原子吸光分析法
    19. 「測るものが逆では?」から始まった発見
    20. 8. スプレー・オン・スキン
    21. フィオナ・ウッドとマリー・ストーナー
    22. 9. グレースケール超音波診断技術
    23. シドニーで進化した医療用超音波
    24. 10. 実用的な機械式冷凍技術
    25. 新聞人でもあったジェームズ・ハリソン
    26. なぜオーストラリアから発明が生まれた?
    27. CSIROという巨大な研究機関
    28. 大学から世界へ広がった技術も多い
    29. 日本人の生活にもオーストラリア発の技術
    30. 旅行中に「オーストラリアの科学」を感じられる場所
    31. 身近な技術から見るもうひとつのオーストラリア
    32. よくある質問




    実は「発明大国」でもあるオーストラリア

    オーストラリアというと、鉱業、農業、観光といった産業の印象が強く、「科学技術の国」というイメージは日本ではそれほど強くないかもしれません。

    しかし実際には、オーストラリア国立科学機関であるCSIROをはじめ、大学、病院、国防研究機関などから世界的な技術が数多く生まれています。

    特に興味深いのは、研究室の中だけで終わらず、実際に世界中で使われる技術へ成長したものが多いことです。

    スマートフォンをWi-Fiにつなぐ。

    飛行機に乗る。

    病院で超音波検査を受ける。

    紙幣を手にする。

    太陽光パネルから電気をつくる。

    こうした日常の中にも、オーストラリアで生まれた技術が入り込んでいます。

    「オーストラリアが発明」の意味は意外に複雑

    最初に知っておきたいのは、発明の歴史は国別ランキングのようにきれいに分けられるものではないということです。

    ひとつの技術が完成するまでには、世界各地の研究者による先行研究があります。

    例えばWi-Fiも、無線通信そのものをオーストラリアが発明したわけではありません。

    人工内耳も、それ以前から世界各国で電気刺激によって聴覚を補う研究が行われていました。

    冷凍技術も同じです。

    そのうえで、「実用化の決定的な技術を生み出した」「従来できなかったことを可能にした」「その後世界で広く使われた」という点に注目すると、オーストラリアの存在感が見えてきます。

    今回紹介する10の発明・技術

    発明・技術 主な開発地・機関
    高速無線LAN技術 CSIRO
    ブラックボックス メルボルン/航空研究所
    多チャンネル型人工内耳 メルボルン大学
    ポリマー紙幣 オーストラリア準備銀行・CSIRO
    HPVワクチンの基礎技術 クイーンズランド大学
    PERC型太陽電池 ニューサウスウェールズ大学
    原子吸光分析法 CSIRO
    スプレー・オン・スキン 西オーストラリア州
    グレースケール超音波診断技術 シドニー/超音波研究チーム
    機械式冷凍技術の実用化 ジーロング

    1. Wi-Fiの基礎となった高速無線LAN技術

    オーストラリア発の技術として、現在もっとも身近なのはWi-Fiでしょう。

    スマートフォン、パソコン、テレビ、ゲーム機、プリンター、カメラなど、家庭の中だけでもWi-Fiにつながる機器は珍しくなくなりました。

    その高速無線通信を可能にした重要な技術のひとつが、オーストラリア連邦科学産業研究機構、CSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)の研究チームによって開発されました。

    CSIROによると、この技術は現在150億台を超える機器に組み込まれています。

    天文学の研究から生まれたWi-Fi技術

    面白いのは、この技術のルーツがインターネット研究だけではなく、電波天文学にもあったことです。

    室内で高速無線通信を行う場合、大きな問題になるのが電波の反射です。

    壁、家具、床などに当たった電波がさまざまな経路を通って受信機へ届くと、信号が乱れてしまいます。

    CSIROの研究者たちは、電波天文学や無線工学で培った知識と高度な数学を利用して、この問題を克服する技術を開発しました。

    その技術は特許化され、後の高速無線LAN、そして現在のWi-Fiを支える重要な基盤になりました。

    発明したのは一人ではなくCSIROのチーム

    「Wi-Fiを発明したオーストラリア人」としてジョン・オサリバン(John O’Sullivan)の名前だけが紹介されることがあります。

    しかし実際にはチームによる研究でした。

    中心となったのは、ジョン・オサリバン、テリー・パーシバル(Terry Percival)、ディート・オストリー(Diet Ostry)、グラハム・ダニエルズ(Graham Daniels)、ジョン・ディーン(John Deane)らです。

    したがって「オーストラリア人がWi-Fiそのものを一人で発明した」というより、CSIROの研究チームが現代Wi-Fiの高速通信を支える重要技術を発明したと表現するのが正確です。

    2. 航空機のブラックボックス

    航空事故のニュースで必ずといっていいほど登場するのが「ブラックボックス」です。

    事故機の飛行状態や操縦室の音声などを記録し、事故原因を調べるために使われます。

    その原型を開発したのが、オーストラリアの科学者デビッド・ウォーレン(David Warren)でした。

    ウォーレンは1950年代、メルボルンのフィッシャーマンズ・ベンド(Fishermans Bend)にあった航空研究所で働いていました。

    デビッド・ウォーレンのひらめき

    当時、世界初のジェット旅客機コメットで原因不明の墜落事故が相次いでいました。

    事故調査に関わっていたウォーレンは、操縦室で何が話され、航空機がどのような状態だったのかを事故後に確認できれば、原因究明に役立つと考えました。

    そこで音声と飛行データを継続的に記録する装置を考案します。

    最初は周囲からほとんど関心を持たれませんでした。

    それでもウォーレンは試作機を製作し、1957年には実際に動作するデモ機が完成します。

    1960年にクイーンズランド州マッカイ付近で旅客機事故が発生した後、事故調査で記録装置の搭載が強く推奨され、オーストラリアは操縦室音声記録を義務化した最初の国になりました。

    現在では、改良された飛行記録装置が世界中の旅客機で使われています。

    なぜ「ブラックボックス」なのにオレンジ色?

    名前はブラックボックスですが、現在の航空機に搭載される記録装置の外装は一般に明るいオレンジ色です。

    これは墜落現場などで発見しやすくするためです。

    「ブラックボックス」という言葉は装置の俗称として定着したもので、外装の色を意味しているわけではありません。



    3. 多チャンネル型人工内耳

    オーストラリアを代表する医療技術のひとつが、多チャンネル型人工内耳です。

    中心となった人物は、メルボルン大学(University of Melbourne)の耳鼻咽喉科医グレアム・クラーク(Graeme Clark)。

    人工内耳は、一般的な補聴器のように単純に音を大きくする装置ではありません。

    音を電気信号へ変換し、内耳に入れた電極によって聴神経を刺激します。

    グレアム・クラークと「聞こえ」の研究

    クラークが聴覚研究を志す背景には、父親の難聴がありました。

    1960年代から研究を続け、複数の電極を使って異なる周波数の情報を聴神経へ伝える多チャンネル方式を開発します。

    1978年、患者ロッド・サンダース(Rod Saunders)に多チャンネル型人工内耳を埋め込む手術が行われ、大きな成果を上げました。

    その後オーストラリア企業ニュークレアス・グループなどとの協力で実用化が進み、コクレア(Cochlear)が誕生します。

    現在では世界各地で人工内耳が使われています。

    クラークは2026年にも、その長年の功績によって国際的な工学・技術賞を受賞しており、半世紀近く前に始まったオーストラリアの研究が現在の医療につながっています。

    4. ポリマー紙幣

    オーストラリア旅行で実際に手に取ることができる発明もあります。

    それがポリマー紙幣です。

    日本の紙幣とは手触りが違い、水にぬれても破れにくく、透明な窓まで入っています。

    オーストラリア準備銀行(Reserve Bank of Australia/RBA)とCSIROが共同で開発しました。

    偽札対策から生まれたプラスチック紙幣

    開発のきっかけは偽札でした。

    1966年にオーストラリアが10進法通貨へ移行した直後、新しい紙幣の精巧な偽札が出回ります。

    そこで「コピーしにくい紙幣をつくる」という研究が始まりました。

    研究の過程で、滑らかな透明素材と特殊な光学技術を組み合わせるアイデアが発展し、紙ではなくポリマーを使う紙幣へつながります。

    1988年、オーストラリア建国200周年記念の10ドルポリマー紙幣が発行されました。

    さらに1992年から1996年にかけて全額面が順次ポリマー化され、オーストラリアは全紙幣をポリマーへ移行した世界初の国となりました。

    この技術はその後、ほかの多くの国や地域にも広がっています。

    5. HPVワクチンにつながった技術

    医療分野でも、世界的に重要な研究がオーストラリアから生まれています。

    その代表が、子宮頸がんなどの原因となるヒトパピローマウイルス、HPVに対するワクチン技術です。

    現在広く知られているガーダシル(Gardasil)の基礎につながった研究が、ブリスベンのクイーンズランド大学(University of Queensland)で行われました。

    イアン・フレーザーとジャン・ジョウ

    研究の中心となったのが、イアン・フレーザー(Ian Frazer)と中国出身の研究者ジャン・ジョウ(Jian Zhou)です。

    2人は1991年、HPVの外殻に似た構造をつくる技術を開発しました。

    これが、感染を起こさずに免疫反応を引き出すワクチン開発の重要な基盤になります。

    大学での研究成果は特許化され、その後製薬会社による臨床開発などを経てワクチンとして実用化されました。

    2006年に最初のHPVワクチン接種が始まってから20年。

    クイーンズランド大学によると、2026年8月までにガーダシルは世界で6億回分以上が接種されています。

    研究室で生まれたアイデアが、世界規模のがん予防へつながった例です。

    6. PERC型太陽電池

    屋根や大規模太陽光発電所に並ぶ太陽光パネル。

    その発電効率を大きく向上させた技術のひとつも、オーストラリアで生まれました。

    PERCと呼ばれる太陽電池です。

    正式には「パッシベーテッド・エミッター・アンド・リア・セル」と呼ばれる構造で、太陽電池内部で失われるエネルギーを減らし、より効率よく電気を取り出すことができます。

    マーティン・グリーンとニューサウスウェールズ大学

    開発を率いたのは、シドニーのニューサウスウェールズ大学(University of New South Wales/UNSW)のマーティン・グリーン(Martin Green)教授です。

    グリーンは1983年にPERCの考え方をまとめ、その後研究チームが改良を進めました。

    1988年には高効率のPERC太陽電池を製作。

    長年にわたる効率向上を経て、2010年代に大量生産が拡大し、2018年には世界の太陽電池製造で主流の技術になりました。

    現在はさらに新しい構造の太陽電池への移行も進んでいますが、世界に設置された膨大な数の太陽光パネルには、PERC技術が使われています。

    オーストラリアは日差しの強い国というだけでなく、太陽光発電技術そのものの発展にも大きく貢献してきた国なのです。

    7. 原子吸光分析法

    一般旅行者にはあまりなじみのない名前ですが、科学や産業の世界では非常に重要なオーストラリア発の技術があります。

    原子吸光分析法です。

    鉱石、食品、水、血液、土壌などに、特定の元素がどれくらい含まれているかを測定するための分析方法です。

    開発した中心人物は、CSIROの科学者アラン・ウォルシュ(Alan Walsh)でした。

    「測るものが逆では?」から始まった発見

    1952年、メルボルンで研究していたウォルシュは、それまで一般的だった「原子が出す光を測る」方法ではなく、原子が吸収する光を測ればよいのではないかと考えました。

    そこから装置の開発を進め、1954年には実際に動作する分析装置を公開。

    1955年には研究論文が発表されました。

    原子吸光分析法は、少量しか含まれていない元素でも精度よく測定できることから、鉱業、農業、医学、環境調査、食品分析などへ急速に広がっていきました。

    鉱業国オーストラリアの発展にも非常に相性のよい技術だったと言えます。



    8. スプレー・オン・スキン

    西オーストラリア州で生まれた有名な医療技術が、一般に「スプレー・オン・スキン」と呼ばれる治療技術です。

    患者自身の皮膚から採取した細胞を利用し、培養・処理した細胞を損傷した皮膚へ広く届けることで、重度のやけどなどの治療を助けます。

    この技術は後にリセル(ReCell)として実用化されました。

    フィオナ・ウッドとマリー・ストーナー

    開発したのは、パースを拠点に活動する形成外科医フィオナ・ウッド(Fiona Wood)と科学者マリー・ストーナー(Marie Stoner)です。

    2人は1990年代から皮膚細胞を使った治療法の改良を続けました。

    従来の方法では皮膚細胞を培養するのに長い時間が必要でしたが、より短期間で患者へ使えるようにすることを目指して研究が進められました。

    2002年のバリ島爆弾事件では、多数の重度熱傷患者がパースへ搬送され、ウッドが率いる医療チームが治療にあたったことで、この技術も広く知られるようになりました。

    現在ではオーストラリアだけでなく、海外でも使用されています。

    9. グレースケール超音波診断技術

    妊娠中の胎児を見る検査をはじめ、現在の医療で当たり前のように使われている超音波診断。

    超音波そのものをオーストラリアが発見したわけでも、最初の医療応用がオーストラリアだったわけでもありません。

    しかし、現在の超音波画像へつながるグレースケール表示技術の発展には、シドニーの研究チームが大きく貢献しました。

    シドニーで進化した医療用超音波

    中心となったのはジョージ・コソフ(George Kossoff)をはじめとする超音波研究チームです。

    1960年代、シドニーの国立音響研究所などで医療用超音波装置の研究が進められました。

    当時の超音波画像は、境界を白黒で表示するだけの単純なものが中心でした。

    研究チームは、反射して戻ってくる超音波の強さの違いを灰色の濃淡として表示する方法を開発。

    1969年には、組織の違いをより細かく見分けられるグレースケール画像技術へ発展しました。

    これによって胎児、脳、乳房など、身体の内部構造をより詳しく観察できるようになります。

    1970年代にはオーストラリア製の超音波診断装置オクトソン(Octoson)も開発され、海外へ輸出されました。

    10. 実用的な機械式冷凍技術

    最後は、時代を19世紀まで戻します。

    現在では冷蔵庫も冷凍庫もあって当たり前ですが、人工的に大量の氷をつくり、食品を長期間冷やすことができるようになったのは比較的新しい歴史です。

    オーストラリアで機械式冷凍技術の実用化に大きく貢献したのが、ジェームズ・ハリソン(James Harrison)でした。

    新聞人でもあったジェームズ・ハリソン

    ハリソンはスコットランド生まれで、オーストラリアへ移住し、ビクトリア州のジーロング(Geelong)で活動しました。

    本業のひとつは新聞人で、ジーロング・アドバタイザーの創刊にも関わった人物です。

    同時に冷凍技術の研究を進め、1850年代にエーテルを使った蒸気圧縮式の冷凍装置を開発しました。

    1854年にはビクトリアで特許を取得し、ジーロングで人工的な氷の商業生産を開始します。

    ハリソン以前にも世界では人工冷却の研究や装置が存在していたため、「冷蔵庫を発明した人」と一言で説明するのは正確ではありません。

    しかし、蒸気圧縮式冷凍を実用的な産業技術へ発展させた先駆者のひとりだったことは間違いありません。

    その後、機械式冷凍は食肉、乳製品、ビール、食品輸送などの産業を大きく変えていきます。

    農畜産物を遠い海外市場へ輸出するオーストラリアにとって、冷凍技術は特に重要な技術でした。

    なぜオーストラリアから発明が生まれた?

    こうして並べてみると、発明の分野に一定の傾向が見えてきます。

    航空、通信、鉱業、農業、医療、エネルギーなど、広大で人口の少ないオーストラリアが実際に抱えていた問題を解決するための技術が多いのです。

    遠距離通信をどうするか。

    広大な国で安全に航空機を飛ばすにはどうするか。

    鉱物を正確に分析するにはどうするか。

    強い日射をエネルギーとして使えないか。

    遠隔地でも高度な医療を提供するにはどうするか。

    必要に迫られて研究した結果、それが世界でも役立つ技術になった例が少なくありません。

    CSIROという巨大な研究機関

    オーストラリアの科学技術を語るときに欠かせないのがCSIROです。

    国の研究機関として、農業、鉱業、通信、宇宙、環境、医療、食品など非常に幅広い研究を行っています。

    今回紹介した中でも、Wi-Fiの基礎技術、ポリマー紙幣、原子吸光分析法などにCSIROが関係しています。

    研究成果の中には、一般にはCSIROの名前を意識しないまま世界中で使われているものもあります。

    2026年には組織の前身設立から100年を迎え、オーストラリア科学史における役割が改めて紹介されています。

    大学から世界へ広がった技術も多い

    政府研究機関だけではありません。

    多チャンネル型人工内耳はメルボルン大学、HPVワクチンにつながる技術はクイーンズランド大学、PERC太陽電池はニューサウスウェールズ大学から生まれました。

    特徴的なのは、大学で研究が終わらず、企業や政府と協力して実用化されたことです。

    人工内耳からはコクレアという世界的な医療機器企業が成長しました。

    大学の研究成果を企業へ移し、世界中へ普及させる仕組みが重要だったことがわかります。

    日本人の生活にもオーストラリア発の技術

    この記事で紹介した発明は、オーストラリア国内だけで使われているものではありません。

    日本で暮らしていても、Wi-Fiはほぼ毎日使います。

    日本を発着する旅客機にも飛行記録装置があります。

    人工内耳、HPVワクチン、超音波診断、原子吸光分析なども日本の医療や研究で利用されています。

    太陽光パネルにも、オーストラリアで発展した技術が入り込んできました。

    つまり私たちは、オーストラリアに旅行したことがなくても、すでにオーストラリアで生まれたアイデアの恩恵を受けながら生活しているのです。

    旅行中に「オーストラリアの科学」を感じられる場所

    観光旅行でも、オーストラリアの科学技術に触れられる場所があります。

    場所 関連する分野
    パワーハウス・ミュージアム/シドニー 科学、工業、医療技術、デザイン
    サイエンスワークス/メルボルン 科学、技術、宇宙、産業
    オーストラリア国立博物館/キャンベラ オーストラリアの発明・技術史
    オーストラリア準備銀行博物館/シドニー 紙幣とポリマー紙幣の歴史
    ジーロング ジェームズ・ハリソンと冷凍技術の歴史

    歴史、動物、大自然だけでなく、「オーストラリアがどんな技術を世界へ送り出してきたのか」という視点で博物館を見るのも面白いでしょう。

    身近な技術から見るもうひとつのオーストラリア

    オーストラリアは、日本の約20倍もの国土を持ちながら人口は約2,800万人という国です。

    都市間の距離が長く、乾燥した土地が多く、鉱山や牧場は遠隔地にあります。

    こうした環境は生活するうえでは大きな課題ですが、その課題が新しい技術を生むきっかけにもなりました。

    Wi-Fiにつながるスマートフォン。

    航空機のブラックボックス。

    人工内耳。

    水に強いポリマー紙幣。

    HPVワクチン。

    高効率太陽電池。

    元素を測定する分析技術。

    やけど治療。

    超音波画像。

    そして、食品を遠くまで運べるようにした冷凍技術。

    分野はまったく違いますが、共通しているのは「現実にある問題を技術で解決しようとしたこと」です。

    オーストラリア旅行では、どうしてもビーチ、カンガルー、ウルル、グレート・バリア・リーフといった自然や観光地へ目が向きます。

    しかし少し視点を変えると、この国は意外なほど科学と発明の歴史を持っています。

    ホテルでWi-Fiへ接続したときや、オーストラリアの透明な窓が入った紙幣を手にしたとき、「これもオーストラリアの技術なんだ」と思い出してみると、旅の見え方が少し変わるかもしれません。

    よくある質問

    Wi-Fiは本当にオーストラリアの発明ですか?

    Wi-Fiや無線通信のすべてをオーストラリアが発明したわけではありません。CSIROの研究チームが1990年代に開発・特許化した高速無線LAN技術が、現在のWi-Fiを支える重要な技術になりました。そのため「Wi-Fiの基礎となった重要技術がオーストラリアで発明された」とするのがより正確です。

    ブラックボックスを発明したのは誰ですか?

    オーストラリアの科学者デビッド・ウォーレンです。1950年代にメルボルンの航空研究所で、操縦室の音声と飛行データを記録する装置を考案し、試作機を開発しました。その後チームによって技術が改良されました。

    ブラックボックスはなぜ黒くないのですか?

    「ブラックボックス」は俗称です。現在の航空機用記録装置は事故現場で見つけやすくするため、一般に明るいオレンジ色など目立つ色に塗装されています。

    オーストラリアの紙幣がプラスチックなのはなぜですか?

    偽造防止と耐久性向上が大きな理由です。オーストラリア準備銀行とCSIROがポリマー紙幣技術を共同開発し、1988年に最初の記念ポリマー紙幣を発行。1992~1996年には全額面をポリマーへ移行しました。

    人工内耳もオーストラリアで発明されたのですか?

    人工内耳の研究そのものは世界各国で行われていました。その中で、グレアム・クラークとメルボルン大学の研究チームが実用的な多チャンネル型人工内耳を開発し、1978年に大きな成果を上げました。この技術が後のコクレア製品につながっています。

    HPVワクチンはオーストラリアだけで開発されたのですか?

    完成したワクチンが一つの研究室だけで作られたわけではありません。クイーンズランド大学のイアン・フレーザーとジャン・ジョウらが1991年に開発した技術が重要な基盤となり、その後企業による研究、臨床試験、製造技術の開発を経て実用化されました。

    オーストラリアは太陽光発電技術でも有名ですか?

    はい。ニューサウスウェールズ大学のマーティン・グリーン教授と研究チームは、PERC型太陽電池をはじめ、シリコン太陽電池の効率向上で世界的に重要な研究を行ってきました。PERCは2010年代後半に世界の太陽電池製造で主流となりました。

    オーストラリア旅行中に発明や科学技術を見られる博物館はありますか?

    シドニーのパワーハウス、メルボルンのサイエンスワークス、キャンベラのオーストラリア国立博物館などがあります。またシドニーのオーストラリア準備銀行博物館では、紙幣やポリマー紙幣の歴史について知ることができます。

    今回紹介した中で現在もっとも身近な発明は何ですか?

    利用頻度で考えればWi-Fiでしょう。CSIROが開発した高速無線LAN技術は現在150億台を超える機器に組み込まれているとされ、スマートフォン、パソコン、テレビ、ルーターなど日常生活の多くの機器に関係しています。



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