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オーストラリア・ゴールドコーストの祝日で注意しなければいけないのが、州によって日にちが違う祝日があること。
例えばクイーンズバースデー。クイーンズランド州にあるゴールドコーストでは10月3日ですが、パースのある西オーストラリア州は9月26日、シドニーのあるニューサウスウェールズ州は6月13日というように、まったく違った日になっています。また、一部では、「メルボルン市内のみ」「ブリスベン市内のみ」といった祝日もあるので注意が必要です。
祝日は、何月何日と日付で決まっているものもありますが、多くは6月の第三月曜日など、毎年日にちが変わっていくものが多いので、これも注意が必要です。
オーストラリア全国的には祝日の中でも12月25日の「クリスマス」、及び3月中旬から4月中旬の「グッドフライデー」(毎年期間異なる)が、最も大きな祝日になり、ほとんどの商店、飲食店も休みとなるので、旅行者にとっては注意が必要。
ゴールドコーストでは、4月25日の「アンザックデー」も大きな祝日になり、テーマパークや動物園などはクローズや短縮営業となります。
以前のオーストラリアでは、日曜、祝日にはほとんどのお店が休業となっていましたが、現在はビジネス街を除き多くの商店、飲食店が営業を行っています。
ゴールドコーストの祝日一覧(2022年)
| 祝日名 | 日にち |
|---|---|
| New Year's Day | 1月1日(振替休日 1月3日) |
| Australia Day | 1月26日 |
| Good Friday | 4月15日 |
| Easter Monday | 4月18日 |
| Anzac Day | 4月25日 |
| Labour Day | 5月2日 |
| Queen's Birthday | 10月3日 |
| Christmas Eve | 12月24日 18時 – 12月25日 0時 |
| Christmas Day | 12月25日(振替休日 12月27日) |
| Boxing Day | 12月26日 |
New Year's Day(ニューイヤーズ・デー)
新年を祝う祝日。祝日となるのは1月1日の1日のみ。普通の祝日と同程度、多くの商店は普通の日曜日と同じくらい営業している。
2022年度は1月1日が土曜日となるため、翌々3日 月曜日が振替休日となっている。
Australia Day(オーストラリア・デー)
オーストラリア・デイは、毎年1月26日に固定され、オーストラリア全州同じ日となる。1788年にニューサウスウェールズ州のポートジャクソンにイギリスからの移民第一船が到着した日を記念して、1月26日が祝日と定められている。オーストラリア全土で各種式典が開かれているが、一部の人たちは先住民を侵略した日であるとして、抗議運動も行われる。
Good Friday(グッド・フライデー)
グッド・フライデーは、日本語では「聖金曜日」と訳され、キリスト教のイースター(復活祭)前の金曜日、キリスト教の重要な日である。イースター・マンデーと合わせて、オーストラリアでは4連休の大型連休となり、特にこのグッド・フライデーは多くの商店・飲食店が休みとなる。日にちは3月下旬から4月中旬の間を毎年変動する。
Easter Monday(イースター・マンデー)
イースター・マンデーは、イースター(復活祭)翌日の月曜日、オーストラリアではグッド・フライデーとあわせて4連休となる。グッド・フライデーほどではないが、休業とする商店、飲食店も多い。
Anzac Day(アンザック・デー)
アンザック・デーは、第一次世界大戦のガリポリの戦いで犠牲となった、オーストラリア・ニュージーランド連合国軍(Anzac)を追悼するために定められた休日である。毎年4月25日に固定されている。
Labour Day(レイバー・デー)
レイバー・デーはその名前の通り「労働者の日」。ノーザンテリトリー州では「May Day(メイ・デー、メーデー)」、タスマニア州では「Eight Hours Day(エイトアワーズ・デー)」と呼ばれる。ニューサウスウェールズ州、南オーストラリア州とオーストラリア首都特別区は10月の第1月曜日、西オーストラリア州では3月の第1月曜日、ビクトリア州とタスマニア州は3月の第2月曜日、クイーンズランド州とノーザンテリトリー準州では5月の第1月曜日と、州により異なる。
Queen's Birthday(クイーンズ・バースデー)
クイーンズ・バースデー、キングス・バースデーは、オーストラリアの元首であるイギリスの国王、女王の誕生日にあわせて設定されていたが、1936年のジョージ5世の死後、日付は6月3日である彼の誕生日に固定された。その後、クイーンズランド州及び西オーストラリア州を除いて6月の第2月曜日とされている。2015年クイーンズランド州ではクイーンズ・バースデーの祝日を10月の第1月曜日へ移行する事が制定され、2016年より施行されている。西オーストラリア州は9月の最終月曜日となる。
Christmas Eve(クリスマス・イブ)
2019年よりクイーンズランド州にて制定された一部祝日。12月24日18時から25日0時までの時間限定での祝日。新設された祝日のため、今後の動向は不明だが、2020年の段階で18時以降にクローズするレストラン等は殆ど無いため、旅行者にとって特に注意は必要の無い一部祝日と言える。
Christmas Day(クリスマス・デー)
毎年12月25日になり、オーストラリアの全国的に多くの商店、飲食店が休業となり、一部の観光施設も休業となるので、旅行者にとっては注意が必要な祭日となる。
2022年度は、12月25日が日曜日となるため、翌々27日 火曜日が振替休日となっている。
Boxing Day(ボクシング・デー)
ボクシング・デーは毎年クリスマスの翌日12月26日になり、オーストラリアをはじめとする多くの英連邦国で制定されている祭日。英国の雇用主が従業員にギフトを箱(ボックス)に入れて渡した日が12月26日であったことから始まった祭日と言われている。25日のクリスマスは休業する商店、飲食店が多いが、このボクシング・デーは比較的営業を行う店が多く、デパート等ではセールも行われ、多くの買い物客でにぎわう。
ゴールドコーストの旅行手配
トラベルドンキーでは、ゴールドコーストのオプショナルツアー(現地発着ツアー)、アクティビティ等をご紹介、ご予約を承っています。
ゴールドコーストを知り尽くしたオーストラリア在住のスタッフが対応しておりますので、正確な情報の提供、的確なアドバイス、到着フライトの遅延・欠航など、緊急時の迅速な対応も可能となっています。
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2021年1月12日(火曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、296日目になりました。
「Centennial Park Waikiki」
去年の夏に始まったロータリ―サービスの100周年記念の公園の工事です。
場所は、ワイキキの「ロイヤル・クヒオ」コンドの裏側です。
「アイランド・コロニー」の手前です。
大分工事が進んでいます。
完成予想図
2月オープン予定なので、もうすぐです!!
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月11日(月曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、295日目になりました。
ハワイの街のケーキ屋さん「Kulu Kulu」
ロイヤルハワイアンセンター2階「パイナラナイ・フードコート」内にあります。
今月の「Kulu Kulu」は、「餅フェア 2021」
とにかく美味しそうなケーキがいっぱい並んでいます。
ホールケーキもあります。
この「Honu Puff」と「Bear Puff」は、ロイヤルハワイアン店限定です!!
この「ストロベリー・ミルフィーユ」も「ロイヤルハワイ店」限定!!
今月の「白玉餅パンナコッタ」
甘さ控え目で美味しいです。
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月10日(日曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、294日目になりました。
9月24日からは、「在宅勤務、外出制限」は、解除するとのことですが、全面解除ではなく、色々条件付きで段階を踏んでの解除になります。ーTier 1
10月15日、渡航72時間前以内のPCR検査の陰性証明があれば、14日間の隔離免除開始
10月22日(木)12:01amより、Tier 2 に移行。
5人以下なら他人同士でもレストラン内で食事可能。集まりOK!!
今日のランチは、ロイヤルハワイアンセンター3階の「レストラン・サントリー」
今日は、こちらのダイニングルームに案内されました。
池坊の生け花が飾られています。
銀鱈のみそ焼きとあんかけ豆腐 $19-
梅そうめんと鮪とろろ丼 $16-
今日の目的は、これ!!
ロイヤルハワイアンセンターのシューバッグのキャンペーン
今日で終了でした。
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月9日(土曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、293日目になりました。
9月24日からは、「在宅勤務、外出制限」は、解除するとのことですが、全面解除ではなく、色々条件付きで段階を踏んでの解除になります。ーTier 1
10月15日、渡航72時間前以内のPCR検査の陰性証明があれば、14日間の隔離免除開始
10月22日(木)12:01amより、Tier 2 に移行。
5人以下なら他人同士でもレストラン内で食事可能。集まりOK!!
今年、初めて、ファーマーズ・マーケットに行って来ました。
朝7時半開始を待つ行列。
入口には、ハンドサニタイザーも準備されています。
まずは、野菜をゲット!!
紫のテントが目印の「アイカネ・プランテーション・コーヒー」
飲むコーヒーゼリーが復活しました!!
やっぱり、美味しい!!
今日は、良いお天気で賑わっていました。
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月6日(水曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、290日目になりました。
9月24日からは、「在宅勤務、外出制限」は、解除するとのことですが、全面解除ではなく、色々条件付きで段階を踏んでの解除になります。ーTier 1
10月15日、渡航72時間前以内のPCR検査の陰性証明があれば、14日間の隔離免除開始
10月22日(木)12:01amより、Tier 2 に移行。
5人以下なら他人同士でもレストラン内で食事可能。集まりOK!!
シェラトンワイキキの車寄せ
入って来る車が少ないので、鳩や鴨がのんびり餌探しをしていました。
シェラトンワイキキの玄関の柱には、大きなサインが設置されていました。
シェラトンワイキキホテルのロビーの大きなクリスマスツリーは、もう片付けられていました。
池の鯉達ものんびり!!
インフィニティ・プールのビーチチェアーもソーシャルディスタンスを考慮してゆったり設置してあります。
これぞハワイの青い空と青い海、そして、ダイヤモンドヘッド!!
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月3日(日曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、287日目になりました。
ハワイのあちこちで見かけた「門松」特集です!
門松は、2番目に高い竹が内側に位置していると「千客万来」を意味するそうです。
外側を向いていると「厄が出て行くように」との願いだそうです。
門松の竹の位置にも意味があったとは知りませんでした。
ハワイでも、「門松」が飾られる所が多いので、日系スーパーだけでなく、アメリカの会員制大型スーパーでも「門松」が販売されています。
モアナサーフライダーでは、玄関には、門松。
ロビーには、まだクリスマスツリーが飾ってありました。
ロイヤルハワイアンホテルにも門松
「ドン・キホーテ」にも門松が飾ってありました。
「ミツワ・マーケットプレイス」
レストラン「義経」にも立派な門松が飾ってありました。
詳しくは、こちらでどうぞ!!
2021年1月1日(金曜日)
3月23日 16:30pm以降、オアフ島外出自粛制限令の開始から、285日目になりました。
9月24日からは、「在宅勤務、外出制限」は、解除するとのことですが、全面解除ではなく、色々条件付きで段階を踏んでの解除になります。ーTier 1
10月15日、渡航72時間前以内のPCR検査の陰性証明があれば、14日間の隔離免除開始
10月22日(木)12:01amより、Tier 2 に移行。
5人以下なら他人同士でもレストラン内で食事可能。集まりOK!!
ハワイの初日の出 朝7時09分
ロイヤルハワイアンセンターでは、1月1日から1月3日まで福袋の販売があります。
人気の「ディーン&デルーカ」の福袋は、朝4時から並んで居た人が居たそうで、整理券が配られ、朝11時の販売開始前、10時20分には、既に完売していたそうです。
元旦の朝10時30分から、ロイヤルグローブでKenny Endo & Taiko Center of the Pacificによる新年を祝う太鼓のパフォーマンスがあると聞いて行ってみましたが、コロナの為、観客無し!
遠くからしか見れなかったですが、獅子舞を見ることができました。
和太鼓の演奏も聞けて、お正月気分を味わえました。
詳しくは、こちらでどうぞ!!
オーストラリアの治安は比較的安全であると言われています。
筆者もオーストラリア在住20年以上となりますが、普通に生活をしている上で犯罪に巻き込まれたことは一度もありません。
日本からのツーリストの方にフォーカスすると、観光地特有のスリ・置き引きといった被害に遭ってしまったという方のレポートも拝聴しますが、命の危険に晒されるような凶悪犯罪に巻き込まれたというようなニュースは聞いたことがありません。
ただ、統計的に見ると日本はオーストラリアに比べて極めて安全な国であることを実感します。例えば、2021年時点での過去10年の国民10万人当たりの強盗発生率で比較すると、日本は2.5程度となりますが、オーストラリアは43.7程度になります(それぞれ警察統計より)。
安全で快適なオーストラリアの海外旅行をお楽しみいただくために、本稿ではオーストラリアの治安の実態とオーストラリア滞在中にご注意いただきたいことをまとめてみたいと思います。
オーストラリアの治安の概要

*出典:Australian Bureau of Statistics 2019より抜粋 2020年、2021年は予測値
オーストラリアの治安は決して悪いものではありませんが、実際の統計データを把握しておくことは、犯罪から身を護る上で最も重要なことです。
任意の地域での犯罪発生率と失業率には明らかな相関関係がありますが、上のグラフは、オーストラリアの失業率の推移です(2020年、2021年は新型コロナウィルスの感染拡大の影響を鑑みた予測値になっています)。
2019年までのデータに注目すると、失業率は概ね5パーセント代で推移していることが解ります。日本の失業率と比較しても、オーストラリアの治安はそれほど悪くなさそうな期待が持てます。
次に、下のグラフはオーストラリア全土での全ての犯罪の摘発者数の推移を示しています。
改めて、失業率との相関を確認することが出来ます。

*出典:Australian Bureau of Statistics 2019より抜粋
統計によると、2018-2019年の1年間で約55,000人の犯罪者が摘発されています。
全ての犯罪というとイメージが漠然としてしまいますので、これを強盗にフォーカスすると、下グラフのようになります。

*出典:Australian Bureau of Statistics 2019より抜粋
オーストラリア全土では、2019年に約12,000件の強盗が発生しています。
他国の発生件数と比較する場合は、オーストラリアの人口は約2,500万人程度である点にお気をつけください。圧倒的なオーストラリアの人口の少なさは、統計データを分析する上で重要なポイントになります。
さて、オーストラリアの治安に対する日本人の方のイメージで、現地在住者として一番危惧するのが「オーストラリアは銃社会のアメリカ合衆国と違って、民間人の拳銃所持が認められていないので、安全な国である」という誤った理解です。
オーストラリアでは、民間の方でも、正規の手続きをすれば拳銃を合法的に所持することが出来ます。

*出典:2018年 Graduate Institute of International Studies "Small Arms Survey 2018"より抜粋、グラフは筆者作成
上のグラフは、民間人100人当たりの拳銃の保有数(2018年)をグラフにしたものですが、アメリカ合衆国やスイスが上位に入るのは当然として、実はオーストラリアは世界第15位で100人当たりの拳銃保有数は15丁となっています。
オーストラリアでは、件数こそ少ないものの凶悪犯罪の場面には、拳銃が使われる恐れが大きいことが示唆されます。
改めまして、オーストラリアの治安は相対的にも世界の中で決して悪いものではありませんが、オーストラリア旅行の際には客観的なデータを分析の上、根拠のない情報に惑わされないよう充分ご注意ください。
オーストラリアでの犯罪の特徴
オーストラリアの治安を考える上で、日本人観光客の方が巻き込まれやすい犯罪を把握しておくことはとても重要です。
オーストラリア旅行中に、命の危険に晒される場面はまず有りませんが、ちょっとした油断で、軽犯罪のトラブルに巻き込まれる恐れは有ります。
以下に日本人ツーリストの方が被害に遭いやすい犯罪をご紹介いたします。
置き引き
日本人観光客の方が犯罪の被害に遭う場合、まず顕著なのが置き引きです。
レストランでバイキングコーナーに料理を取りに行く際に、貴重品の入ったカバンをテーブルに置いてきた、カフェで場所取りのためにスマホをテーブルに置いてきたなどは、日本では当たり前に行なっている行為かもしれませんが、オーストラリアではアリエナイ行為です。誰も見ていないテーブルの上の貴重品は「ご自由にお取りください」と言わんばかりです。
貴重品は必ず肌身離さずお持ちください!
スリ
注意しても注意しても被害に遭ってしまうのがスリです。
日本人観光客の男性の方はパンツの後ろポケットに入れた財布、女性の方はトートバッグに入れたカバンやスマホ、そして男女ともにリュックサックに入れた貴重品、これらが盗られます。
ガイドや添乗員がどれだけ財布は前ポケットに入れてください、リュックサックは前に抱えてくださいと喚起させていただいても、残念ながらなかなか改善されません。
改めて、その携行の仕方は日本式ではないか、もう一度確認をしましょう。
車上荒らし
レンタカーをする際にはくれぐれもご注意ください。
この手の犯罪が厄介なのは、犯罪者は金目の物を盗むことが目的ではなく、ゲーム感覚で一連の行為を楽しむことが目的であることが多い点です。
駐車場に駐車中にナンバープレートを剥ぎ取られ、走行不能にさせられたりもします。
根本的に防ぎようがない犯罪なので、地元住民の間でも悩みの種になっています。
先ずは駐車の際は車内に貴重品を放置して来ないことを心掛けましょう。
ホテル室内への侵入
観光客の方にお気をつけいただきたいのが、不審者のホテル室内への侵入です。
ホテルの低層階に宿泊の際、就寝時には必ず窓やドアの施錠をすることを徹底してください。特に熱帯夜にエアコンを点けたまま眠るのを敬遠し、窓を開けたまま眠る方がいらっしゃいますが、これは少々危険な行為です。
また、ホテルの部屋のドアがノックされた時、疑いなく直ぐに扉を開ける日本人観光客の方がよくいらっしゃいますが、この行為も少々危険です。
不用意にご自身の宿泊している部屋番号を伝えるのは止めましょう。現在、多くの旅行会社では、ツアーガイドや旅行会社のスタッフが第三者の前で特定のお客様の部屋番号を口頭で発することを禁止しています。
万引き犯に仕立て上げられる
極めて稀ではありますが、スーパーマーケットや蚤の市などで気をつけたいのが、万引き犯に仕立て上げられることです。
これは、店員とその仲間がグルになってターゲットを嵌めるパターンが多いのですが、ショッピング中のお客の服のポケットやカバンの中に、気付かれないように商品を入れ、レジでの精算が終わった後に、根拠のない疑いで任意同行を求め、調べてみると服のポケットやカバンの中から未精算の商品が出て来て、万引き犯に仕立て上げるというものです。ゲーム性が強く、防ぐのが難しい手口です。
カバンの口を開けたままにしない、衣服のポケットに違和を感じたらすぐに確認をする、念のためレジに向かう前に不審なものがないかを確認してから精算するなど、適切な自己防衛が求められます。
甘い誘惑からの性犯罪とドラッグ
オーストラリア旅行で一番気をつけていただきたいのが、性犯罪とドラッグです。
深夜のクラブやバーで声を掛けてくる者にはくれぐれも気をつけてください。
ドリンクの中に睡眠薬を入れられた、「ホテルまで送るよ」と言われ部屋に上がりこまれた、「家に招待するよ」と言われてついて行った、そして性犯罪に巻き込まれたというトラブルが頻発しています。クラブやバーに行かないことが何よりもの防衛であることをもう一度ご認識ください。
また、気が緩んだ時に手を出してしまうのがドラッグや大麻です。世界的に大麻は合法化の流れですが、オーストラリアの殆どの場所では大麻は違法です。あまりにも簡単に手に入ってしまうことから、合法だと勘違いする方が多いようですが、改めまして、ドラッグや大麻には手を出さないよう自戒ください。
都市別治安情報と注意すべきこと

オーストラリアの治安について、観光地別に特に注意が必要だと言われる場所についてご案内いたします。
シドニー

*シドニーセントラル駅 昼間は賑やかだが深夜になると人通りがなくなる.
かつては犯罪発生率が高止まりしていたシドニーですが、昨今は治安も改善されてきており、観光客の方も安心して街歩きをお楽しみいただけるようになりました。
しかしながら、依然、注意が必要なエリアもありますので、ご紹介していきたいと思います。
キングスクロス地区
キングスクロスは東京で言うところの新宿歌舞伎町エリアだとお考えください。
かつては「深夜の時間帯には絶対に近づくな!」と言われるエリアでしたが、最近は新しいホテルやレストランが建設されるなど、昔の様相はなくなってきました。それでも、オーストラリア随一の歓楽街が犇めくとともに、マフィアの巣窟でその抗争がある場所であることに変わりはありません。
上述の銃器を使った犯罪は、まさにこのエリアで頻発しますので、路地に迷い込んだりしないよう、くれぐれもご注意ください。
シドニーセントラル駅周辺
シドニーセントラル駅周辺も、かつては危険なエリアでしたが、現在は新しいマンション建設などで明るい雰囲気に様変わりしています。
しかし、夜間にはホームレスが寝泊まりする場所になり、昼間の雰囲気とは一変します。
スリや置き引きも多いので、油断しないようにお気をつけください。
レッドファーン駅
近年のシドニーで最も危険な場所とされていたのが、レッドファーン(Redfern)駅です。
かつては「悪の治外法権区域」と呼ばれるほど、若者ギャングが麻薬の販路拡張の拠点にしたエリアで、特に環境劣悪なのが「ザ・ロック」と呼ばれるレッドファーン駅周辺のエヴァリーストリートです。1991年には、悪名高い若者ギャンググループ5Tに対抗すべく、警察の特殊部隊タスクフォース・オークが結成され、ゴールデン・トライアングルからのヘロインの密輸ルートにメスが入れられました。
現在ではこのエリアの再開発が進み、それに伴って治安は改善されて来ていますが、観光的な要素もあまりない地区なので、興味本位で訪れたりしない方が良いでしょう。
メルボルン

サザンクロス駅周辺
サザンクロス駅周辺は、日中は空港を往来する人々で賑わいますが、深夜になると様子が一変します。
このエリアは路地が多く、麻薬常習者の溜まり場にもなりますので、夜間の一人歩きは避けるべきです。
特に、駅の地下にあるバス乗り場は死角になる場所が多く、性犯罪も頻発していますので、くれぐれもご注意ください。
ブリスベン

フォーティチュードバレー駅周辺
サンシャインステートと呼ばれるクイーンズランド州の明るい州都ブリスベンですが、フォーティチュードバレー駅周辺だけは異様な雰囲気に包まれています。
マフィアの縄張り争いが絶えず行われているエリアで、路地も多く、夜間には人通りもなくなります。
傍に中華街があるので、観光客の方もこの駅の利用を余儀なくされることがありますが、夜間にこの駅を利用することは控えるべきです。
ブリスベンセントラル駅周辺
ブリスベンセントラル駅周辺はホームレスが多く、夜間には人通りがほとんどなくなる駅のひとつです。
セントラル駅と名前が付いていますが、実際にはブリスベンの中心街からは少し離れていて、駅周辺には特に何もありません。ホテルが何軒かありますが、ブリスベンセントラル駅周辺のホテルを観光の拠点にするのは少々危険ですので、ブリスベンのホテル選びの際にはくれぐれもご注意ください。
ひとつ隣のローマストリート駅の方が、比較的人通りも多いので、夜間は極力ローマストリート駅を利用してください。
パース

ノースブリッジ
パース随一のレストラン街であるノースブリッジ地区ですが、深夜には人通りがなくなり、麻薬常習者が屯ろするようになります。
マフィア同士の抗争もあり、麻薬の売買も盛んに行われているそうですので、ディナーが終わった後は、このエリアからは離れた方が得策です。
パース駅裏
パース駅の裏側(大学側)も夜間は様子が様変わりします。
同じく麻薬の売買が盛んに行われるエリアで、学生の麻薬常習者も闊歩していますので、夜間には近づかないよう注意が必要です。
アデレード

Hindley Street
Hindley Streetは、週末の夜間に多くの人が集まり、飲酒や麻薬によるトラブルが多発しています。
アデレードは大都市ですが日本国領事館がありませんので、パスポートの管理などについては特にご注意ください。
ゴールドコースト&ケアンズ&ダーウィン

*ケアンズ駅裏側(山側)は夜間は人通りがなくなる.
ナイトクラブやバー
ゴールドコーストやケアンズは観光地であり、スリや置き引きなどの観光地特有の犯罪はしばしばレポートされますが、命の危険に晒されるような凶悪犯罪というのは滅多に発生していません。
観光の方がトラブルに遭うのは、ほとんどがナイトクラブやバーでの薬物関連の犯罪です。
海外旅行の心の緩みから薬物や麻薬に手を出してしまう日本人の方が非常に多く摘発されています。
また、甘い誘惑に乗って性犯罪に巻き込まれる事件が後を経ちません。
ナイトクラブやバーには行かないこと、どうしても興味がある場合には、自分のドリンクから手を離さない、甘い誘惑には絶対に付いて行かない、帰りは必ずタクシーを使うなど、基本的な心構えをもう一度確認してください。
ノーザンテリトリー準州・ダーウィン市街地
ダーゥイン市街地は全域で少々注意が必要です。
ダーウィンのあるノーザンテリトリー準州は州別総生産額(GSP)が最も低い州で、常に失業率が最も高い州となっており、雇用問題はこの州の重い課題になっています。
必然的に街全体の治安はあまり良くなく、スリや引ったくり、置き引きの被害がレポートされています。
また、ダーウィンは歴史上、日本帝国海軍による大空襲を受けた場所であり、この空襲は「もう1つのパールハーバー」と言われています。残念ながら、反日感情を持った現地の方もいらっしゃいますので、日本人としては少々注意が必要です。
ダーウィンに滞在される方は、貴重品の管理やカバンの携行の仕方など、基本的なことを今一度ご確認ください。
ダーウィンには日本国領事館もありませんので、ご注意ください。
郊外の街で気をつけるべき場所

その他、オーストラリアの郊外の街で気を付けていただきたい場所をご案内いたします。
オーストラリアの人口は極端に都市部に偏っているため、予算の都合、郊外の街では必然的に警察の治安対策も手薄になり、都市部とは構造的に様相が異なりますので、内陸ドライブに出掛ける場合やラウンド型の宿泊を伴うツアーに参加される際は、くれぐれもご注意ください。
テナントクリーク

テナントクリークは、スチュアートハイウェイを走る内陸ドライブでは、ロケーション上どうしても宿泊せざるを得ない街になりますが、残念ながらあまり治安が良い場所ではないので、充分な注意が必要です。
浮浪者やホームレス、麻薬常習者、酔っ払いが多く、昼間から街全体がどんよりしています。
スリ、引ったくりなどに遭わないように、ホテルの敷地の外に出るときは少々の注意が必要です。
ポートヘッドランド

ポートヘッドランドは、キンバリー地区をドライブする際に、周辺に大きな街がないので、宿泊することになり易い街です。
鉱山関係の労働者の方が多く、夜間には限度を超えた酔っ払いがたくさん街を歩いています。
トラブルになることも多々ありますが、どうしても鉱山で経済が成り立っている場所なので、正当な解決に成り難い実情があります。
宿泊の際は、そういう場所であるということを念頭に置いて、トラブルに巻き込まれないようにご注意ください。
バイロンベイ

バイロンベイは、オーストラリア大陸最東端のリゾート地で、多くの人が訪れます。
しかしながら、このリゾートにはヒッピー文化が根付いており、大麻を始めとした様々な脱法ハーブのメッカになっていて、密売人も多く、トラブルの多発地帯になっています。
誤った情報が溢れ返っていますが、ニューサウスウェールズ州ではこれらの麻薬は違法行為になりますので、絶対に手を染めないよう自戒ください。
ブロークンヒル

ブローンヒルは、サウスオーストラリア州からクイーンズランド州に抜けるドライブをする際に、ルート上宿泊することが多くなる街のひとつです。
夜間になると中心街の人通りはなくなり、街全体が非常に暗くなります。
麻薬常習者も多く、独特な雰囲気になりますので、ブロークンヒルでの夜間の一人歩きなどは避けるべきです。
キャサリン
キャサリンは、ダーウィンの南350kmほどの場所にあるキャサリン渓谷観光の拠点になる街ですが、浮浪者が多く、オーストラリアでは数少ない危険な街のひとつになります。
昼間でも酔っ払いや麻薬常習者が屯ろしていますので、ロードトリップの計画を立てる上では、キャサリンはあくまで観光の中継地点としてお考えください。
テロの脅威について

*Australian Bureau of Statistics 2016より筆者作成
2024年8月に発表されているオーストラリア政府が公表したテロ警戒レベルは、5段階のうち2番目の「蓋然性がある(PROBABLE)」となっています。
オーストラリアの宗教徒数の分布は、上のグラフの通り、キリスト教徒が52%と多いのですが、無宗教と回答する人も30%いて、あまりレリジアウスな国ではないことが窺えます。従って、過激派による思想弾圧テロの発生リスクはオーストラリアでは比較的低いと言われていますが、オーストラリアが移民国家であることを勘案すると、やはり最低限の注意は必要です。
治安当局は年間を通じて、テロ容疑者の摘発に取り組んでいますが、2017年6月及び2018年11月にメルボルンで発生したテロ事件では日本人在留者を含む死傷者が出ています。
テロはターゲットを特定せずに無差別で行われる攻撃のことですから、日本人観光客の方も標的になり得ることを認識して、情報の収集に努めることが重要です。
犯罪に巻き込まれた時の対応方法

警察は「000」
犯罪やトラブルに巻き込まれてしまった場合は、警察に頼る以外に方法はありません。
オーストラリアの警察への通報は、000(日本でいう110番)です。
パスポートのコピー、証明写真、半年以内の戸籍抄本のコピーを予め用意する
スリや引ったくり、置き引きなどの被害に遭ってしまったときに、盗られて一番厄介なのがパスポートです。
シドニー、メルボルン、ブリスベン、パース、ケアンズには日本国領事館および出張所がありますので、パスポート発行の再申請や渡航の証明書の発給は各所で行うことができます。
ただし、この時に必要となる書類で、一番入手困難となるのが半年以内に発行した戸籍抄本(またはそのコピー)です。
海外での戸籍抄本の入手については、日本に居る家族や親類に役所で手続きをして書類を入手してもらい、それをファイルで送信してもらうという方法以外にありません。大変な手間ですし、家族や親類が日本に居ない方の場合、更に手続きが難しくなってしまいます。
そこで、筆者が海外旅行に行く時にいつも実践しているのは、海外旅行に行く前に役所で戸籍抄本を発行してもらい、それを携行して出掛けるという方法です。
この戸籍抄本はパスポートとは別の場所に保管しておき(スーツケースの中に入れっ放しにしておくなど)、万一パスポートが盗まれても「戸籍抄本はある」という状態にしています。
その他、パスポートサイズの証明写真と現在有効のパスポートのコピーがあると、パスポート発行の再申請や渡航の証明書の発給をスムーズに行うことができます。
是非、海外旅行にお出掛けの際には、戸籍抄本、証明写真、パスポートのコピーを別途お持ちください!
各都市の日本領事館の所在は下記の通りです。
在シドニー日本国領事館
| 名称 | 在シドニー日本国領事館 |
|---|---|
| 住所 | Level 12, 1 O'Connell St Sydney, NSW 2000 |
| 電話番号 | 02-9250-1000 |
| WEB | https://www.sydney.au.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html |
在メルボルン日本国領事館
| 名称 | 在メルボルン日本国領事館 |
|---|---|
| 住所 | Level 25, 570 Bourke St Melbourne VIC 3000 |
| 電話番号 | 03-9679-4510 |
| WEB | https://www.melbourne.au.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html |
在ブリスベン日本国領事館
| 名称 | 在ブリスベン日本国領事館 |
|---|---|
| 住所 | 17th Floor, 12 Creek St Brisbane QLD 4000 |
| 電話番号 | 07-3221-5188 |
| WEB | https://www.brisbane.au.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html |
在パース日本国領事館
| 名称 | 在パース日本国領事館 |
|---|---|
| 住所 | U22, Level 2, 111 Colin St WEst Perth WA 6005 |
| 電話番号 | 08-9480-1800 |
| 営業時間 | https://www.perth.au.emb-japan.go.jp |
在ブリスベン日本国領事館・ケアンズ領事事務所
| 名称 | 在ブリスベン日本国領事館・ケアンズ領事事務所 |
|---|---|
| 住所 | Level 15, 15 Lake St, Cairns City QLD 4870 |
| 電話番号 | 07-4051-5177 |
| 営業時間 | https://www.brisbane.au.emb-japan.go.jp/itpr_ja/about_cairns.html |
オーストラリア人から見た日本人像

オーストラリアの治安を考察する上で、極めて稀ですが、日本人を狙った犯罪が残念ながら発生したことがある事実を無視することはできません。すなわち、一部のオーストラリア人からの日本人像がどのようなものであるのかを確認しておく必要はあります。
一部のトラベル・ライターたちが、オーストラリアは親日国家で全てのオーストラリア人は日本人に対してとてもフレンドリーであるなどと無責任なことを書きますが、やはり真実は歴史の中にしかありません。
詰まるところ、オーストラリア人の視座に立った太平洋戦争に目を瞑ることはできないということです。
オーストラリアと日本の歴史を鑑みる上でもっとも重要なポイントは、1942年2月の帝国海軍によるポートダーウィンの大空襲と東京裁判です。ダーウィンの大空襲はオーストラリアが受けた空襲では憲政史上最大規模のもので、民間人を含め多くの死傷者が出ました。また、東京裁判の裁判長ウィリアム・ウェッブがオーストラリア人であったことを、私たち日本人が史実の中で客観的に学習する一方で、オーストラリアの教科書では彼の偉業はオーストラリアの誇りであるとされています。
4月25日はアンザックデーで、各都市では軍事パレードが行われますが、この日は安全のため日本人居住者は外出を控えるよう喚起されます。
もちろん日常生活の中で、連合国側のイデオロギーを主張するオーストラリア人に出会うことは稀有ですが、オーストラリアの歴史の教科書を熟読すれば、太平洋戦争に対する見知に大きな乖離があることを、日本人としては知っておく必要があります。
日本の高校の歴史の教科書を紐解いてもオーストラリアのことは詳説されていないので、日本人はオーストラリアのことについてあまり知らないことがほとんどです。日本人を狙った犯罪の根底には、拭い切れない過去の歴史があることを認識し、トラブルに巻き込まれないように気をつけることが肝要です。
オーストラリアの治安と注意すべきことに関するよくある質問(FAQ)
オーストラリアの治安は比較的良好と言えますが、観光地でのスリ・置き引き・引ったくりなどの被害がレポートされています。
その他、性犯罪やドラッグに関する犯罪もレポートされていますので、ご注意ください。
オーストラリアの治安で気をつけるべきことは、以下の通り基本的なことばかりです。
- 荷物の管理を徹底する
- 危険な場所に近寄らない
- 夜間の一人歩きを避ける
などです。本稿で詳しく解説していますので、ご参照ください。
被害に遭ってしまった場合は速やかに警察に届け出る必要があります。
各都市の警察署本部は24時間営業です。また、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パース、ケアンズには日本国領事館および出張所もありますので、ヘルプが必要な時には積極的にご利用ください。
オーストラリアの旅行手配
トラベルドンキーでは、オーストラリアのオプショナルツアー(現地発着ツアー)やアクティビティのご紹介やご予約を承っています。
オーストラリアを知り尽くしたオーストラリア在住のスタッフがご対応しておりますので、正確な情報や的確なアドバイスをご提供させていただくとともに、到着フライトの遅延・欠航など緊急時における迅速な対応も可能となっております。
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オーストラリアのオプショナルツアー、アクティビティ、宿泊パッケージ

オーストラリアの人口の推移は、移民国家であるオーストラリアの国家形成の歴史に基づいていると言えます。
国家としてのオーストラリアは、1788年にイギリスによって植民地として発足し、その後のゴールドラッシュを経て、1901年には連邦政府が設置されました。今からわずか120年ほど前のことで、日本で言えば明治34年、伊藤博文が総理大臣であった時代に、オーストラリアではようやく国家機能が整備され始めたということになります。
そして、2025年現在のオーストラリアは、日本の約21倍の国土面積を有するものの、人口は約2,698万人で日本の約5分の1ほどとなっています。日本では少子高齢化が叫ばれていますが、オーストラリアの人口ピラミッドにその様子は見られません。
しかしながら、圧倒的な人口の少なさ故の国内市場の限界や、移民国家形成にあたって内在している軋轢など、多くの課題を抱えた国でもあります。
本稿では、オーストラリア在住14年の現地スタッフが、オーストラリアの人口と推移という切り口から、日本の教科書には隠されたオーストラリアの姿を見つめてみたいと思います。
オーストラリアの人口と推移

*オーストラリアの人口の推移 Australian Bureau Statistics Year Book Australia より作成
オーストラリアの人口の推移は、オーストラリアの連邦政府としての国家形成の歴史、特にその移民政策に基づいています。
1788年1月26日に初代総督であったイギリス人アーサー・フィリップが率いた船団が、流刑囚780人と海兵隊関係者1,200人をポート・ジャクソンに上陸させたのがオーストラリアの歴史の始まりとなります。この時、先住民アボリジニはオーストラリア大陸に25から30万人ほど居住していたと考えられていますが、彼らはイギリス王室領不法占拠者として扱われました。
1793年に最初の自由移民が到着し、その7年後の1800年にシドニーにオーストラリアで最初の税関が設置されました。1815年には、タスマニア島のホバートに移民が到着し、同島の開拓が始まります。
そして、1827年にイギリスがオーストラリアの全体統治を公式に発表し、1829年にパースを、1835年にメルボルンを植民地として開設しました。
1858年になると、シドニー、メルボルン、アデレード間の電信が開通し、ニューサウスウェールズ州やビクトリア州では無記名投票による議会の成人投票が行われました(ビクトリア州の投票は1857年)。
この頃に、オーストラリアの人口は100万人に達しています。これは、1851年にニューサウスウェールズ州で金鉱が発見され、ゴールドラッシュが起こり、多くの移民が押し寄せたことによります。1861年になると金鉱山で反中国人暴動運動が発生し、移民規制としてはオーストラリアの歴史上初の中国人移民の禁止措置が取られました。
1868年には最後の囚人移送船がウェスタンオーストラリア州に到着し、流刑地としての役目はこの年に終焉を迎えます。
1901年にシドニーでオーストラリア連邦制が宣言され、ここにオーストラリア連邦が誕生しました。1905年には人口が400万人に達し、同年から統計法が整備され、正式な国勢調査が行われるようになりました。
オーストラリアがイギリス以外の国と直接外交を始めたのは1940年で、対外国はアメリカ合衆国でした。1949年に国籍・市民権法の適用が開始され、人口が800万人になりました。
1955年にはキーリング諸島が、1958年にはクリスマス島がオーストラリア連邦に移管され、1959年にオーストラリア連邦の人口がついに1,000万人となりました。
1980年前後になると、大量の難民が押し寄せるようになり、特に1978年のインドシナ半島から到着したボートピープルと呼ばれる難民団を保護したころより連邦政府の難民対策に厳格化の変化が見られるようになったのと同時に、1981年には人口が1,500万人になりました。
その後も国内マーケットの活性化を目的とした移民政策は管理されつつも施行され続けており、2004年には人口2,000万人に達し、直近10年では、下記グラフの通りとなっています。

*Australian Bureau Statistics 3101.0 Australian Demographic Statistics より作成
2020年の段階で、オーストラリアは先進国としては例のない28会計年度連続の経済成長を維持し続けています。
更なる移民政策により、人口増加が見込まれるオーストラリアマーケットの購買力に、国内外からの期待が寄せられていますが、2020年に発生した新型コロナウイルス禍の影響により、移民流入が停止、経済成長にも歯止めがかかりました。
2023年に入り、ワーキングホリデーや留学生などの短中期滞在者の入国が始まり、2023年中には本格的な移民の再流入が予想され、移民政策がオーストラリアにおける新型コロナウイルス禍の及ぼした経済損失からの脱却の鍵を握っていると言っても過言ではないでしょう。
2025年現在、コロナウイルス禍の収束と共に移民の数は増加、2025年中には2,700万人超、2030年には3,000万人超の人口が見込まれています。
オーストラリアの人口について

*州別人口(単位:千人) Australian Bureau Statistics 3101.0 Australian Demographic Statistics より作成 2018会計年度末の統計
2019年6月の統計によると、オーストラリアの人口は約2,500万人強で、日本の人口の約6分の1ほどとなっています。
広大な国土を持つオーストラリアなので、人口密度にすると、日本の約370人/km^2に対し、オーストラリアは約3人/km^2という驚異的な数字になります。
また、人口ピラミッドを見てみると、日本のような少子高齢化の問題は推測されません。ちなみに、オーストラリアの平均寿命は、2019年の統計で、女性85.8歳、男性82.1歳となっており、この統計も年々長寿化しています。

*人口ピラミッド Australian Demographics 2019年 より抜粋
年代別に分析してみると、人口分布においてはミレニアル世代が多くなっていることが判ります。
これは、近年の移民政策によるもので、特に、手厚い政府の社会保障によるベビーブームも伴って増加したものと分析されています。
オーストラリア以外の出生国別にした人口統計は下記の通りとなります。

*出生国別人口(単位:千人、%) Australian Bureau Statistics 3412.0 Australian State Datasets より作成 各年会計年度末の統計
少々脱線しますが、ここで気になるのが、オーストラリア国内で使われている言語についてです。
2016年の国勢調査では、英語以外の言語を日常会話に使用する人口は、20.8%(約487.2万人)という結果が出ています。

*英語以外の言語を日常会話に使用する言語別人口(単位:千人、%) Australian Bureau Statistics Census 2016より作成
もちろん、出生国が様々な移民によって構成されるオーストラリアでは、宗教の分布も様々になっています。

*宗派別宗徒数(単位:千人) Australian Bureau Statistics Census 2016より作成
キリスト教徒が52%と全体の半数強を占めていますが、無宗教の人も約690万人(27%)あり、信仰についてはあまりレリジアウスな国ではないことが窺えます。
キリスト教の内訳では、カトリック教会が22.3%、英国国教会が13.2%となっています。
オーストラリアの人口に占める日本人居住者の数

*在外公館管轄地域別在留邦人数(単位:人) 2018年10月1日 在外公館調べ(在留邦人届出ベース)
上図表は、オーストラリアに在住する日本国籍者数の統計です。
オーストラリアには、在外公館がキャンベラ、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パースにあり、加えて、ブリスベン領事館の出張所がケアンズにあります。それぞれの管轄で在留者を管理しており、その合計が2018年10月時点で98,436人となっています。
オーストラリアは、アメリカ合衆国、中国に次いで、世界で3番目に、日本以外の国で、日本人が多く住んでいる国ということになります。
オーストラリアの小さな国内マーケットが産業に与える影響
オーストラリアの人口は増加傾向にありますが、それでも約2,700万人弱という数字は、先進国の中では極端に少ない部類に入ります。
従って、他の先進諸国と比べると、オーストラリアには独特のマーケット事情があります。
オーストラリアの農業事情

*出典 Agricultual commodities December quater 2019/ Value of Agricultural commodities Produced Australia 7503 ABS
オーストラリアの国土面積のうちの49%に当たる3億7,800ヘクタールの土地は、農用地となっています。これは、アメリカ合衆国の農地面積とほぼ同じ大きさになります。
しかしながら、耕作に使用されている土地は約2,500ヘクタール(全農用地の7%ほど)で、国土面積の3%程度に過ぎません。
それ以外の90%以上の農用地は、肉牛や羊の放牧に当てられています。そこには、耕作の管理をするだけの充分な農業人口が確保できないという深刻な事情が垣間見えます。
そして、オーストラリアは広大な国土を有するものの、人口が少ないために国内マーケットが極端に小さいため、農産物の輸出の割合が非常に高くなっています。
農産物の生産額の約80%が輸出額による値になっています。それでも多くの品目が農産物の国際価格に影響を与えるほどのシェアを占めているわけではないので、輸出額は国際市況の影響を直に受けやすいという脆さがあります。
オーストラリアの自動車産業とその終焉

*オーストラリア唯一の国産車メーカーであったホールデン
オーストラリアは一部の精密機器などを除いて国内市場の小ささから製造業にはもともと不熱心で、輸入に頼る体質が強い国でした。
それでも、1990年代初頭までは購買力の高いオーストラリアマーケットは世界市場の中で魅力的であったため、オーストラリア政府は各国に対して一定の輸出規制を敷いていました。
当然、日本の主力産業である自動車メーカー各社は、ノックダウン方式でオーストラリアに自社工場を造り、アメリカ合衆国での成功を踏襲しようとしました。
しかしながら、オーストラリアで製造された自動車は国内市場の狭さ故、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、香港、南太平洋諸国、引いては日本に輸出されるようになりました。
1990年代半ばには、オーストラリア政府は関税障壁を極端に下げる決定を下し、日産オーストラリアは1996年度にオーストラリアから撤退しました。1996年に25%に引き下げられた関税はその後15%に、さらに2005年には5%に急降下する事態に陥りました。各社はオーストラリアで車を造るよりも輸入した方が安いと見切りをつけ、次々とオーストラリアからの撤退を表明するようになりました。
そして、2014年の日豪EPA(日豪経済連携協定)、続いてのTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)により、オーストラリアの自動車産業は崩壊状態になりました。部品を輸入して車両の組み立てを行なっていたトヨタ自動車と、アメリカGM系ではあるものの唯一の自国メーカーであったホールデンは、2017年を持って生産を停止し、工場を閉鎖するに至りました。
2017年10月を持って、オーストラリアでの自動車生産の歴史に幕が閉じられました。
人口増加と移民政策の軋轢
オーストラリアの人口が増え続ける理由には、政府が牽引する移民政策があります。
それ故に、既に国内には様々な宗教や文化が混在し、中には祖国の紛争関係を抱えたまま帰化した人々も混在しています。
顕著なのは、セルビアとクロアチア、ウクライナとロシア、中国とモンゴルなど、国際紛争を抱えた国からの移民が同じ地域で暮らし、紛争もそのまま国内問題へ移行している点です。
今日のオーストラリアでは、海外生まれか親の片方が海外生まれというオーストラリア人が40%を超えています。
彼らの祖父母世代の出来事が母国で繰り返されているとき、双方の若い世代は過去と現在の両方から責め立てられ、不安な不均衡の中で暮らしている状態にあります。
最近では、シドニーのセルビア系オーストラリア人がセルビア正教の僧侶を中心に7,000人のデモを敢行した際、クロアチア系の一部暴徒が同正教会の壁に落書きをするという事件が発生しました。
こうしたひび割れた社会を繋ぎ合わせるのが文化多元主義のオーストラリアやアメリカ合衆国のような避難国家の国是です。
都市に着眼すると、メルボルンは歴史的に民族連鎖が顕著な都市で、主流派民族集団が移民としてやって来た後、新来移民が入り込み、さらに別の新来移民が先行移民が出た後に居住するという連鎖が起こっています。これにより、街を逐われる民族が繰り返し発生しています。
特に、メルボルンのリッチモンド地区は、第二次世界大戦後はイギリス系労働者階級の居住区だったものが、1954年のイタリア移民受け入れと1966年のギリシア移民受け入れで様相が変わり、更に、1986年のベトナム難民の受け入れにより、最初から居住していたイギリス系オーストラリア人は街を離れざるを得なくなりました。
現在では、新たに建てられた高層団地にベトナム系オーストラリア人街が出来ています。ベトナム系オーストラリア人は、1971年当時に700人程度だったものが、1981年に4万3,000人、1991年には12万4,800人へと跳ね上がっています。
日本でも歯止めの効かない人口減少と少子高齢化を打破する政策のひとつとして、移民の受け入れが現実味を帯びて来ていますが、地政学的にも島国という点で類似点の多いオーストラリアの移民政策による人口増加は、考察すべき骨子に溢れています。
変容を遂げるオーストラリアの移民政策ですが、マーケット拡大の大義名分の下、今日も移民局では新たな移民受け入れの手続きが行われています。
読者の方の次回のオーストラリア旅行の際に、本稿がオーストラリアについてのご興味の片鱗になれれば幸いです。
主な参考文献
歴史読本ワールド「オーストラリア流刑史」(1991年 新人物往来社)
日本貿易振興機構Jetro
Willam.O.Coleman "Only in Australia: The History, Politics, and Economics of Australian Exceptionalism" OUP Oxford; 1st edition (June 16, 2016)
Allan Patience "Australian Foreign Policy in Asia" Palgrave Macmillan; 1st ed. 2018 edition (24 January 2018)
Liz Allen "The Future of Australia" NewSouth Publishing (1 April 2020)
Australian Bureau Satistics
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