トラベルドンキー 現地情報
作者別: シドニー 支店
オーストラリアのサッカー選手と聞いて、まず名前が浮かぶのはティム・ケーヒル、ハリー・キューウェル、マーク・ヴィドゥカといった「黄金世代」かもしれません。2006年ドイツ・ワールドカップでは、日本と同じグループに入り、ケーヒルの2得点などで日本を3対1で破りました。
その後もマーク・シュウォーツァー、マイル・ジェディナク、アーロン・ムーイ、マシュー・ライアンらが欧州で長く活躍し、現在はネストリ・イランクンダなど新しい世代も海外で経験を積んでいます。
女子では、サム・カーを筆頭に、メアリー・ファウラー、ケイトリン・フォード、エリー・カーペンターなど、世界トップクラスでプレーする選手がそろいます。
日本との関係も深く、ジョシュ・ケネディは名古屋グランパスで2年連続J1得点王、ミッチェル・ランゲラックは同じ名古屋で7シーズン守護神として活躍。ミッチ・デュークは清水エスパルス、ファジアーノ岡山、FC町田ゼルビアでプレーしてきました。
この記事では、世界的に有名な選手、日本でプレーした選手、日本代表戦で印象に残る選手という3つの視点から、オーストラリア出身の有名サッカー選手を紹介します。
オーストラリアのサッカー選手が世界で活躍する理由


オーストラリアでは、Aリーグ創設以前から若手がイングランド、スコットランド、イタリア、ドイツなどへ移籍する流れがありました。
2006年にアジアサッカー連盟へ加盟して以降は、日本、韓国、中東勢との公式戦も増え、代表レベルの競争力も高まりました。
代表的な有名選手一覧
| 選手 | 主な実績 |
|---|---|
| ティム・ケーヒル | 豪州代表108試合50得点、W杯4大会出場 |
| ハリー・キューウェル | リーズ、リヴァプール、欧州CL優勝 |
| マーク・ヴィドゥカ | リーズ、2006年W杯主将 |
| マーク・シュウォーツァー | 豪州代表109試合、プレミアリーグ500試合超 |
| マイル・ジェディナク | 2015年アジア杯優勝主将 |
| マシュー・ライアン | 代表100試合超、W杯4大会 |
| サム・カー | マチルダス歴代最多得点 |
| ジョシュ・ケネディ | J1得点王2回 |
| ミッチェル・ランゲラック | 名古屋で7シーズン |
| ミッチ・デューク | 清水、岡山、町田でプレー |
ティム・ケーヒル
ティム・ケーヒル(Tim Cahill)は、シドニー出身。オーストラリア代表史上、最も象徴的な選手の一人です。
代表では108試合50得点。ワールドカップでは4大会に出場し、3大会で合計5得点を記録しました。
日本人にとって特に印象深いのが2006年ドイツ大会。日本戦で終盤に2得点し、オーストラリアを3対1の逆転勝利へ導きました。
クラブではミルウォール、エヴァートンで長く活躍し、空中戦の強さと勝負強さで知られました。
ハリー・キューウェル
ハリー・キューウェル(Harry Kewell)は、シドニー出身の左利きアタッカーです。
リーズ・ユナイテッドでブレイクし、2000年にはPFA年間最優秀若手選手。リヴァプールでは2005年UEFAチャンピオンズリーグ優勝メンバーとなりました。
代表では58試合17得点。2006年W杯クロアチア戦で、決勝トーナメント進出を決める同点ゴールを挙げています。
引退後は監督となり、2024年には横浜F・マリノスを率いたため、日本でも馴染みの深い名前です。
マーク・ヴィドゥカ
マーク・ヴィドゥカ(Mark Viduka)は、メルボルン出身のセンターフォワードです。
リーズ時代の2000年11月、リヴァプール戦で1試合4得点。リーズのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝進出にも貢献しました。
2006年ワールドカップではオーストラリア代表主将として全4試合を率い、史上初の決勝トーナメント進出を果たしました。
マーク・シュウォーツァー
マーク・シュウォーツァー(Mark Schwarzer)は、シドニー出身のゴールキーパーです。
代表109試合、44クリーンシート。2005年ウルグアイとのW杯大陸間プレーオフではPK戦で2本を止め、32年ぶりの本大会出場を決定づけました。
クラブではミドルズブラ、フラム、チェルシー、レスターなどでプレーし、プレミアリーグ500試合以上に出場しています。
ジョン・アロイージ
ジョン・アロイージ(John Aloisi)は、アデレード出身のストライカーです。
代表55試合27得点。2005年ウルグアイ戦のPK戦で最後のキッカーを務め、ワールドカップ出場を決めた場面で有名です。
マーク・ブレッシアーノ
マーク・ブレッシアーノ(Mark Bresciano)は、メルボルン出身。長くイタリア・セリエAで活躍した攻撃的ミッドフィールダーです。
2005年ウルグアイ戦第2戦では本戦唯一のゴールを決め、PK戦へ持ち込みました。2006、2010、2014年と3大会のワールドカップに出場しています。
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マイル・ジェディナク
マイル・ジェディナク(Mile Jedinak)は、シドニー出身の守備的ミッドフィールダーです。
クリスタル・パレスで主将を務め、代表でも2014年W杯、2015年アジアカップ、2018年W杯でチームを率いました。
2015年にはオーストラリア代表初のアジアカップ優勝主将となっています。
アーロン・ムーイ
アーロン・ムーイ(Aaron Mooy)は、シドニー西部出身の司令塔タイプのミッドフィールダーです。
ハダースフィールドのプレミアリーグ昇格・残留に貢献し、ブライトン、セルティックでもプレー。代表57試合に出場し、2023年に現役を引退しました。
マシュー・ライアン
マシュー・ライアン(Mathew Ryan)は、ニューサウスウェールズ州プランプトン出身のゴールキーパーです。
2015年アジアカップ優勝時にはゴールデングローブを獲得。2026年ワールドカップで4大会目の本大会出場となり、代表通算出場数は100試合を超えています。
クラブではブライトン、アーセナル、AZなどを経て、2026年9月現在はスペインのレバンテに所属しています。
現在の注目選手
ジャクソン・アーバイン
ジャクソン・アーバイン(Jackson Irvine)は、ドイツのザンクト・パウリでクラブキャプテンを務めるミッドフィールダー。2026年ワールドカップでも代表の中心です。
ネストリ・イランクンダ
ネストリ・イランクンダ(Nestory Irankunda)は、タンザニア生まれでアデレード育ち。2026年はポルトガルのスポルティングCPに所属する20歳の攻撃的選手です。
アレッサンドロ・チルカティ
アレッサンドロ・チルカティ(Alessandro Circati)は、イタリア生まれでパース育ち。セリエAのパルマでプレーする若手センターバックです。
サム・カー
サム・カー(Sam Kerr)は、西オーストラリア州イースト・フリーマントル出身。世界的に最も有名なオーストラリア人女子選手の一人です。
2026年9月時点でマチルダス141試合75得点。代表歴代最多得点記録を持ちます。
チェルシーなどで数多くのタイトルを獲得し、2023年女子ワールドカップでは母国でチームの4位進出に貢献。2026年に代表へ復帰し、現在はゴッサムFCでプレーしています。
メアリー・ファウラー
メアリー・ファウラー(Mary Fowler)は、ケアンズ出身。15歳でマチルダスにデビューした攻撃的選手です。
マンチェスター・シティでプレーし、左右両足を使える技術、スルーパス、ドリブルで高く評価されています。
ケイトリン・フォード、エリー・カーペンター
ケイトリン・フォード
ケイトリン・フォード(Caitlin Foord)は、シェルハーバー出身。2011年女子ワールドカップで大会最優秀若手選手となりました。
現在はアーセナル所属。2017年にはベガルタ仙台レディースでもプレーしており、日本との縁があります。
エリー・カーペンター
エリー・カーペンター(Ellie Carpenter)は、ニューサウスウェールズ州カウラ出身。リヨンでUEFA女子チャンピオンズリーグを2度制し、2026年現在はチェルシーでプレーしています。
日本でプレーした有名オーストラリア人
| 選手 | 日本での主な所属 | 主な実績 |
|---|---|---|
| ジョシュ・ケネディ | 名古屋グランパス | J1得点王2回、2010年リーグ優勝 |
| ミッチェル・ランゲラック | 名古屋グランパス | 7シーズン、ルヴァン杯優勝 |
| ミッチ・デューク | 清水、岡山、町田 | 日本で長期プレー |
| トニー・ポポヴィッチ | サンフレッチェ広島 | 1997年からJリーグで活躍 |
| マシュー・スピラノビッチ | 浦和レッズ | 2010~2012年在籍 |
| アンドリュー・ナバウト | 浦和レッズ | 2018~2019年在籍 |
| トーマス・デン | 浦和、新潟 | 2022年W杯豪州代表 |
| ケイトリン・フォード | ベガルタ仙台レディース | 2017年在籍 |
ジョシュ・ケネディ
ジョシュ・ケネディ(Joshua Kennedy)は、日本で最も成功したオーストラリア人ストライカーの一人です。
2009~2014年に名古屋グランパスでプレーし、2010年17得点、2011年19得点で2年連続J1得点王。2010年のJ1初優勝にも貢献しました。
J1通算133試合64得点。高さだけでなく足元の技術も高く、日本のサッカーに適応した外国人FWとして高く評価されています。
ミッチェル・ランゲラック
ミッチェル・ランゲラック(Mitchell Langerak)は、クイーンズランド州エメラルド出身のGKです。
2018~2024年の7シーズン、名古屋グランパスで正GKを務めました。2020年にJ1ベストイレブン、2021年には無失点時間823分、シーズン21試合無失点という記録を作りました。
2021年、2024年のJリーグYBCルヴァンカップ優勝にも貢献しています。
ミッチ・デューク
ミッチ・デューク(Mitchell Duke)は、ニューサウスウェールズ州リヴァプール出身のストライカーです。
清水エスパルス、ファジアーノ岡山、FC町田ゼルビアでプレーし、日本在籍の長いオーストラリア代表選手として知られています。
2022年ワールドカップではチュニジア戦で決勝点。2026年8月に代表引退を発表し、50試合13得点で代表キャリアを終えました。クラブでは町田でプレーを続けています。
トニー・ポポヴィッチ
トニー・ポポヴィッチ(Tony Popovic)は、シドニー出身の元DFです。
1997年からサンフレッチェ広島でプレーし、その後クリスタル・パレスでも活躍。代表58試合、2006年W杯メンバーです。
2024年9月にサッカルーズ監督へ就任し、2026年ワールドカップでも代表を率いています。
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そのほか日本でプレーした代表選手
マシュー・スピラノビッチ
マシュー・スピラノビッチ(Matthew Spiranovic)は2010~2012年に浦和レッズでプレーし、2014年W杯オーストラリア代表にも選ばれました。
アンドリュー・ナバウト
アンドリュー・ナバウト(Andrew Nabbout)は2018~2019年に浦和レッズへ在籍し、2018年W杯にも出場しました。
トーマス・デン
トーマス・デン(Thomas Deng)は浦和レッズ、アルビレックス新潟などでプレー。2022年W杯代表メンバーです。
日本代表戦で印象に残る豪州選手
2006年ワールドカップ
日本が1対0でリードしていた終盤、ティム・ケーヒルが2得点。オーストラリアは最終的に3対1で逆転しました。
2011年アジアカップ決勝
ケーヒル、キューウェル、ジェディナク、シュウォーツァーらを擁するオーストラリアと日本が対戦。延長戦で李忠成が決勝ゴールを決め、日本が1対0で勝利しました。
その後はケネディ、ランゲラック、デュークなど、代表戦ではライバル、Jリーグでは身近な存在という選手が増えています。
2026年のサッカルーズ
2026年のオーストラリア代表はトニー・ポポヴィッチ監督の下でFIFAワールドカップに出場しました。
マシュー・ライアン、ジャクソン・アーバインなど経験豊富な選手に、ネストリ・イランクンダ、アレッサンドロ・チルカティ、ジョーダン・ボスなど若い世代が加わっています。
ライアンにとっては4度目のワールドカップ、イランクンダにとっては初の本大会となりました。
オーストラリア出身の有名サッカー選手に関するよくある質問(FAQ)
ティム・ケーヒル、ハリー・キューウェル、マーク・ヴィドゥカが代表的です。ケーヒルは代表歴代最多50得点を記録しています。
サム・カーが代表的です。マチルダス歴代最多得点記録を持ち、アメリカやイングランドのトップリーグでも活躍してきました。
ジョシュ・ケネディは代表的な成功例です。名古屋グランパスで2010年、2011年と2年連続J1得点王となり、2010年のリーグ優勝にも貢献しました。
2018年から2024年まで7シーズン、名古屋グランパスでプレーしました。
ティム・ケーヒルです。終盤に2得点し、オーストラリアの3対1逆転勝利につなげました。
はい。2026年9月現在、FC町田ゼルビアでプレーしています。清水エスパルス、ファジアーノ岡山にも在籍しました。
ケイトリン・フォードが2017年にベガルタ仙台レディースでプレーしました。
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オーストラリアは、二輪ロードレースの世界でも数多くの名ライダーを輩出してきました。世界GPの最高峰500ccクラスではワイン・ガードナー、ミック・ドゥーハンが世界王者となり、MotoGP時代にはケーシー・ストーナーが2度のタイトルを獲得しています。
市販車ベースの世界最高峰であるWSBK(スーパーバイク世界選手権)でも、トロイ・コーサーが2度、トロイ・ベイリスが3度の世界王者となり、オーストラリア勢は長い間トップカテゴリーの中心にいました。
現在もその流れは続いています。2026年9月時点ではジャック・ミラーがMotoGP、セナ・アギウスがMoto2、ジョエル・ケルソがMoto3、レミー・ガードナーがWSBKに参戦。アギウスは2025年のオーストラリアGPでMoto2初の地元優勝を達成し、2026年にも複数勝利を挙げています。
また、オーストラリアのバイクレースを語るうえで欠かせないのが、ヴィクトリア州(Victoria)のフィリップ島(Phillip Island)です。海沿いに造られた高速サーキットには、ガードナー・ストレート、ドゥーハン・コーナー、ストーナー・コーナー、ミラー・コーナーと、オーストラリア人名ライダーの名前が残されています。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する歴代・現役バイクレーサーを、WGP、MotoGP、WSBK、WorldSSPを中心に紹介します。最後には、フィリップ島で開催されるMotoGPオーストラリアGPやWSBK観戦についてもまとめています。
オーストラリアのバイクレース文化


オーストラリアの有名ライダーには、舗装路のロードレースだけでなく、ダートトラック、ショートトラック、モトクロスなどを経験してから世界へ進んだ選手が多くいます。
ケーシー・ストーナー、ジャック・ミラー、セナ・アギウス、ジョエル・ケルソなども、幼い頃からダート系競技でバイクコントロールを身につけています。
国内にはフィリップ・アイランド・グランプリ・サーキット(Phillip Island Grand Prix Circuit)をはじめ、ザ・ベンド、シドニー・モータースポーツ・パークなど本格的なサーキットがあり、ASBK(オーストラリア・スーパーバイク選手権)も若手の重要なステップになっています。
WGP・MotoGP・WSBKの違い
| カテゴリー | 特徴 |
|---|---|
| WGP/世界GP | ロードレース世界選手権の通称。最高峰は長く500ccクラスだった |
| MotoGP | 2002年から始まった現在の世界GP最高峰クラス |
| Moto2 | MotoGPの一つ下のクラス |
| Moto3 | 若手が多く参戦する軽量クラス |
| WSBK | 市販車をベースとするスーパーバイク世界選手権 |
| WorldSSP | WSBKの下位カテゴリーであるスーパースポーツ世界選手権 |
日本で1990年代までよく使われた「WGP」という呼び方は、現在のMotoGPを含むロードレース世界選手権の旧来の呼称です。
ワイン・ガードナーやミック・ドゥーハンが活躍した時代の最高峰は500cc。2002年から4ストロークMotoGPマシンを中心とする現在のカテゴリーへ移行しました。
代表的な世界王者一覧
| 選手 | カテゴリー | 世界タイトル |
|---|---|---|
| トム・フィリス | WGP 125cc | 1961年 |
| ケル・キャラザース | WGP 250cc | 1969年 |
| ワイン・ガードナー | WGP 500cc | 1987年 |
| ミック・ドゥーハン | WGP 500cc | 1994~1998年・5連覇 |
| ケーシー・ストーナー | MotoGP | 2007、2011年 |
| レミー・ガードナー | Moto2 | 2021年 |
| トロイ・コーサー | WSBK | 1996、2005年 |
| トロイ・ベイリス | WSBK | 2001、2006、2008年 |
| クリス・バーミューレン | WorldSSP | 2003年 |
| アンドリュー・ピット | WorldSSP | 2001、2008年 |
トム・フィリス
トム・フィリス(Tom Phillis)は、オーストラリア人バイクレーサーの世界進出を語るうえで欠かせない先駆者です。
1961年のスペインGPで125ccクラスを制し、ホンダに世界GP初勝利をもたらしました。
その年の125cc世界タイトルも獲得し、ホンダにとって最初のライダー世界王者となっています。
日本メーカーが世界GPへ本格進出した初期に、オーストラリア人がその歴史的な勝利とタイトルをもたらした点でも重要な人物です。
ケル・キャラザース
ケル・キャラザース(Kel Carruthers)は、1969年にベネリで250cc世界王者となったオーストラリア人です。
125cc、250cc、350cc、500ccと複数クラスで世界GPを戦い、マン島TTでも活躍しました。
引退後はアメリカでチーム運営・技術指導に携わり、後に500cc世界王者となるケニー・ロバーツを支えた人物としても知られています。
ワイン・ガードナー
ワイン・ガードナー(Wayne Gardner)は、ニューサウスウェールズ州ウロンゴン(Wollongong)出身。1980年代のオーストラリアを代表するライダーです。
1987年、ホンダNSR500で7勝を挙げ、オーストラリア人として初めて500cc世界王者となりました。
1989年にフィリップ島で初めて開催されたオーストラリアGPでも優勝し、母国のモーターサイクル人気を大きく押し上げました。
鈴鹿8時間耐久ロードレースでも活躍し、日本のホンダと非常に強い結びつきを持ったライダーです。
ミック・ドゥーハン
ミック・ドゥーハン(Mick Doohan)は、クイーンズランド州出身で、1990年代の世界GPを代表する絶対的王者です。
1994年から1998年まで500cc世界選手権を5年連続制覇。最高峰クラス通算54勝、95回の表彰台を記録しました。
1992年のアッセンで大事故に遭い、左脚切断の危機に直面しながら復帰。その後5連覇を達成したことから、バイクレース史上でも特に強靭な精神力を持つ選手として知られています。
ホンダ一筋で世界GPを戦い、日本のファンにも非常に人気が高いライダーでした。
ダリル・ビーティー
ダリル・ビーティー(Daryl Beattie)は、クイーンズランド州チャールビル(Charleville)出身です。
ホンダ、スズキで500cc世界選手権を戦い、1995年には同胞ミック・ドゥーハンと世界タイトルを争い、年間ランキング2位となりました。
怪我によって競技生活は短くなりましたが、1990年代のオーストラリア勢の強さを象徴するライダーの一人です。
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さまざまなアクティビティやツアーが豊富に揃っており、家族や友人との特別な思い出作りにぴったりです。観光名所巡りからアドベンチャー体験まで、どんな旅行スタイルにも対応したプランが見つかります。
ギャリー・マッコイ
ギャリー・マッコイ(Garry McCoy)は、シドニー(Sydney)出身。
2000年、ヤマハYZR500で南アフリカ、ポルトガル、バレンシアの3勝を挙げました。
後輪を大きく滑らせながらコーナーを立ち上がる豪快なスライド走法で世界中のファンを魅了し、タイヤを滑らせる走りを象徴するライダーとなりました。
ケーシー・ストーナー
ケーシー・ストーナー(Casey Stoner)は、クイーンズランド州ゴールドコースト(Gold Coast)育ち。MotoGP時代のオーストラリアを代表する世界王者です。
2007年にドゥカティで初のMotoGP世界タイトルを獲得。これはドゥカティにとっても初めてのMotoGPライダータイトルでした。
2011年にはホンダへ移籍し、母国フィリップ島で2度目のMotoGP世界王者を決めました。
MotoGPでは38勝、全クラス通算45勝。フィリップ島では2007年から2012年まで6年連続でMotoGPを制し、地元で圧倒的な強さを発揮しました。
2012年末、まだ27歳という若さでMotoGPを引退したことも大きな話題となりました。
ジャック・ミラー
ジャック・ミラー(Jack Miller)は、クイーンズランド州タウンズビル(Townsville)出身の現役MotoGPライダーです。
2014年にMoto3で6勝を挙げて世界ランキング2位となり、翌2015年にはMoto2を経ずにMoto3から直接MotoGPへ昇格する異例のキャリアを歩みました。
2016年アッセンでMotoGP初勝利。ドゥカティ時代には2021年に2勝、2022年には日本GPを含め1勝を挙げ、MotoGP通算4勝を記録しています。
2026年はプリマ・プラマック・ヤマハMotoGP(Prima Pramac Yamaha MotoGP)からヤマハで参戦しています。
セナ・アギウス
セナ・アギウス(Senna Agius)は、ニューサウスウェールズ州リバプール(Liverpool)出身の若手ライダーです。
2023年にMoto2ヨーロッパ選手権を制覇し、2024年からMoto2世界選手権へフル参戦しました。
2025年にはシルバーストンでMoto2初優勝を挙げ、さらにフィリップ島でオーストラリア人として初めてMoto2クラスの母国GPを優勝しました。
2026年もリキモリ・ダイナボルト・インタクトGPで参戦し、COTA、ヘレスなどで勝利。次世代のMotoGP候補として注目されています。
ジョエル・ケルソ
ジョエル・ケルソ(Joel Kelso)は、クイーンズランド州ナンボー(Nambour)出身のMoto3ライダーです。
ダートトラックからロードレースへ転向し、オーストラリア国内選手権を経て世界へ進みました。
2025年には4度の表彰台を獲得し、フィリップ島ではオーストラリア人としてMoto3初の母国ポールポジションを獲得しました。
2026年はGRYDレーシング(GRYD Racing)からホンダでMoto3に参戦しています。
トロイ・コーサー
トロイ・コーサー(Troy Corser)は、ニューサウスウェールズ州ウロンゴン出身。WSBK史を代表するオーストラリア人ライダーです。
1996年にドゥカティで初のWSBK世界タイトルを獲得し、2005年にはスズキで2度目の王者となりました。
異なるメーカーで9年を隔てて2度の世界王者になった長いキャリアが特徴です。
ドゥカティ、アプリリア、スズキ、ヤマハ、BMWなど複数メーカーで世界選手権を戦い、長年WSBKの中心選手として活躍しました。
トロイ・ベイリス
トロイ・ベイリス(Troy Bayliss)は、ニューサウスウェールズ州タリー(Taree)出身。ドゥカティを象徴するスーパーバイク・ライダーです。
2001、2006、2008年にWSBK世界タイトルを3度獲得。WSBK通算52勝、94表彰台を記録しました。
2003~2005年にはMotoGPにも参戦。特に2006年最終戦バレンシアGPでは、引退したばかりのWSBK王者としてドゥカティMotoGPへ代役参戦し、優勝するという劇的な結果を残しました。
WSBKとMotoGP双方で勝利した数少ないライダーで、日本のドゥカティファンにも高い人気があります。
クリス・バーミューレン
クリス・バーミューレン(Chris Vermeulen)は、クイーンズランド州出身のライダーです。
2003年にホンダでWorldSSP世界王者となり、翌年からWSBKへ昇格。10勝を挙げました。
その後MotoGPへ進み、スズキのファクトリーライダーとして活躍。2007年フランスGPでは雨のレースを制し、MotoGP初勝利を挙げています。
アンドリュー・ピット
アンドリュー・ピット(Andrew Pitt)は、ニューサウスウェールズ州出身のWorldSSP王者です。
2001年にカワサキでWorldSSP初タイトルを獲得。このシーズンはレース優勝なしで年間王者になるという珍しい記録を残しました。
その後MotoGPやWSBKにも参戦し、2008年にはホンダで2度目のWorldSSP世界王者となっています。
レミー・ガードナー
レミー・ガードナー(Remy Gardner)は、シドニー生まれ。1987年500cc世界王者ウワイン・ガードナーの息子です。
2021年にMoto2で5勝を挙げ、チームメイトのラウル・フェルナンデスとの激しいタイトル争いを制してMoto2世界王者になりました。
2022年にMotoGPへ昇格した後、2023年からWSBKへ転向。2024年アッセンで初表彰台を獲得し、2025年にも表彰台を記録しました。
2026年もGYTR GRTヤマハWorldSBKチーム(GYTR GRT Yamaha WorldSBK Team)から参戦しています。
そのほかの有名ライダー
カール・マガリッジ
カール・マガリッジ(Karl Muggeridge)は、2004年WorldSSP世界王者。ホンダ・テンケイトの黄金期を支えました。
ケビン・カーテン
ケビン・カーテン(Kevin Curtain)は、長年WorldSSPのトップで活躍し、2006年には最終戦まで世界タイトルを争いました。フィリップ島でも勝利経験があります。
ジョシュ・ブルックス
ジョシュ・ブルックス(Josh Brookes)は、オーストラリア国内、WorldSSP、英国スーパーバイクで活躍。2004年にワイルドカード参戦したフィリップ島WorldSSPで優勝し、後に英国スーパーバイク王者にもなりました。
ブロック・パークス
ブロック・パークス(Broc Parkes)はWorldSSPで長年活躍し、複数回の年間ランキング上位を記録。MotoGPにも参戦しました。
日本メーカー・日本GPとの関係
オーストラリア人ライダーと日本メーカーの関係は非常に深く、世界GPの歴史そのものと重なります。
| ライダー | 日本との主な関係 |
|---|---|
| トム・フィリス | 1961年にホンダへ初の世界GP勝利と125cc世界タイトルをもたらす |
| ワイン・ガードナー | ホンダで500cc世界王者、鈴鹿8耐でも活躍 |
| ミック・ドゥーハン | ホンダで500cc世界選手権5連覇 |
| ケーシー・ストーナー | 2011年ホンダでMotoGP世界王者。2010年日本GP優勝 |
| ジャック・ミラー | 2022年MotoGP日本GPでドゥカティを駆って優勝 |
| トロイ・コーサー | スズキ、ヤマハなど日本メーカーでもWSBKを戦う |
| クリス・バーミューレン | ホンダでWorldSSP王者、スズキでMotoGP優勝 |
| レミー・ガードナー | WSBKでヤマハから参戦 |
特にホンダは、トム・フィリスの1961年世界GP初勝利から、ガードナー、ドゥーハン、ストーナーまで、オーストラリア人王者との結びつきが非常に強いメーカーです。
2026年の現役オーストラリア勢
| 選手 | 2026年のカテゴリー・状況 |
|---|---|
| ジャック・ミラー | MotoGP/プリマ・プラマック・ヤマハ |
| セナ・アギウス | Moto2/インタクトGP。2026年も複数勝利 |
| ジョエル・ケルソ | Moto3/GRYDレーシング・ホンダ |
| レミー・ガードナー | WSBK/GYTR GRTヤマハ |
2026年9月時点で、世界GP最高峰MotoGPにフル参戦するオーストラリア人はジャック・ミラーです。
一方、次世代ではセナ・アギウスがMoto2で勝利を重ねており、将来のMotoGP昇格候補として最も注目されるオーストラリア人の一人となっています。
名選手の名前が残るフィリップ島
フィリップ・アイランド・グランプリ・サーキットは、オーストラリア人ライダーの歴史をそのままコース名で感じられる場所です。
| 場所 | 由来 |
|---|---|
| ガードナー・ストレート | 1987年500cc世界王者ワイン・ガードナー |
| ドゥーハン・コーナー(ターン1) | 500cc世界選手権5連覇のミック・ドゥーハン |
| ストーナー・コーナー(ターン3) | MotoGP世界王者2回のケーシー・ストーナー |
| ミラー・コーナー(ターン4) | 現役MotoGPライダーのジャック・ミラーとその一家 |
ガードナー・ストレートから高速のドゥーハン・コーナーへ飛び込み、ストーナー・コーナーを抜けていくレイアウトは、オーストラリアのロードレース史そのものと言ってよいでしょう。
サーキットのビジターセンターでは、開催状況によってコースを見渡せるサーキット・ビューイングやモータースポーツの歴史展示も利用できます。
オーストラリアで観戦するなら
2026年MotoGPオーストラリアGP
2026年のMotoGPオーストラリアGP(MotoGP Grand Prix of Australia)は10月23~25日、フィリップ島で開催されます。
金曜日にフリー走行、土曜日に予選とMotoGPスプリント、日曜日にMoto3、Moto2、MotoGPの決勝が行われます。
2026年はASBKも同じ週末にポイントレースを行う予定で、世界GPとオーストラリア国内選手権を同時に楽しめます。
WSBKオーストラリアラウンド
2026年のWSBKオーストラリアラウンドは2月20~22日にフィリップ島で開催され、シーズン開幕戦となりました。
WSBKはMotoGPより市販車に近いマシンで争われ、パドックへの距離も比較的近いことから、バイク好きにはMotoGPとは違った魅力があります。
フィリップ島へのアクセス
メルボルン中心部からフィリップ島までは車で約2時間。MotoGP開催時にはメルボルンから観戦用コーチも運行されます。
大会期間中は島内や周辺の宿泊施設が早く満室になるため、観戦を目的とする場合はチケットと宿泊を早めに確保するのがおすすめです。
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オーストラリア出身のバイクレーサーに関するよくある質問(FAQ)
ワイン・ガードナー、ミック・ドゥーハン、ケーシー・ストーナーの3人です。ガードナーは1回、ドゥーハンは5回、ストーナーは2回世界タイトルを獲得しています。
5回です。1994年から1998年まで500cc世界選手権を5年連続で制覇し、最高峰クラス通算54勝を記録しました。
2回です。2007年にドゥカティ、2011年にホンダでタイトルを獲得しました。
トロイ・コーサーとトロイ・ベイリスです。コーサーが2回、ベイリスが3回で、2人合わせて5タイトルを獲得しています。
2026年9月時点でMotoGP通算4勝です。2016年アッセン、2021年スペインとフランス、2022年日本GPで優勝しています。
はい。ワインが父、レミーが息子です。父は1987年500cc世界王者、息子は2021年Moto2世界王者で、親子で異なる時代の世界タイトルを獲得しています。
2026年10月23~25日にフィリップ・アイランド・グランプリ・サーキットで開催されます。MotoGP決勝は10月25日です。
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オーストラリアは、F1、インディカー、耐久レース、ツーリングカー、ラリーまで、さまざまなカテゴリーで世界的なレーシングドライバーを輩出してきました。F1ではジャック・ブラバムとアラン・ジョーンズが世界王者となり、近年はマーク・ウェバー、ダニエル・リカルド、オスカー・ピアストリが世界のトップで活躍しています。
一方、オーストラリア国内で圧倒的な人気を誇るのがスーパーカーズです。ピーター・ブロック、ディック・ジョンソン、クレイグ・ラウンズ、ジェイミー・ウィンカップといった名前は、モータースポーツファン以外にも知られるほどの存在です。特にバサースト1000は、オーストラリアのモータースポーツ文化を象徴するレースとして長い歴史を持っています。
海外カテゴリーでも、ウィル・パワーがインディカーで2度のシリーズ王者とインディ500優勝を達成。マルコス・アンブローズはスーパーカーズ王者からNASCARへ転向してカップシリーズで2勝し、ヴァーン・シュパンはル・マン24時間で総合優勝しています。
現役世代も充実しています。オスカー・ピアストリは2024年にF1初優勝を挙げ、2025年には7勝してドライバーズランキング3位。スーパーカーズではチャズ・モスタートが2025年に初のシリーズ王者となり、2026年はトヨタGRスープラのエースとして参戦しています。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する歴代・現役カーレーサーを、F1、インディカー、スーパーカーズ、耐久レース、ラリーなどカテゴリー別に紹介します。最後には、オーストラリア旅行中に観戦できる代表的なレースもまとめています。
オーストラリアのモータースポーツ文化


オーストラリアでは、自動車レースは長く身近なスポーツとして親しまれてきました。
メルボルン(Melbourne)のアルバート・パーク(Albert Park)ではF1オーストラリアGPが開催され、ニューサウスウェールズ州バサースト(Bathurst)のマウント・パノラマ(Mount Panorama)では、国内最大級のレースであるバサースト1000が行われます。
国内トップカテゴリーのスーパーカーズは、市販車に近い外観を持つマシンによるツーリングカーレースで、長年ホールデン対フォードのライバル関係が人気を支えてきました。2026年からはトヨタも参戦しています。
こうした国内カテゴリーから海外へ進む選手も多く、F1、インディカー、NASCAR、ル・マンなどでオーストラリア人が活躍してきました。
代表的なカーレーサー一覧
| 選手 | 主なカテゴリー | 主な実績 |
|---|---|---|
| ジャック・ブラバム | F1 | 世界王者3回 |
| アラン・ジョーンズ | F1 | 1980年世界王者 |
| マーク・ウェバー | F1 | F1 9勝 |
| ダニエル・リカルド | F1 | F1 8勝 |
| オスカー・ピアストリ | F1 | F1 9勝、2025年ランキング3位 |
| ウィル・パワー | インディカー | シリーズ王者2回、インディ500優勝 |
| ヴァーン・シュパン | 耐久・F1 | 1983年ル・マン24時間総合優勝 |
| ピーター・ブロック | ツーリングカー | バサースト9勝 |
| ディック・ジョンソン | ツーリングカー | ATCC王者5回、バサースト3勝 |
| クレイグ・ラウンズ | スーパーカーズ | 王者3回、バサースト7勝 |
| ジェイミー・ウィンカップ | スーパーカーズ | 歴代最多7タイトル・125勝 |
| マルコス・アンブローズ | スーパーカーズ/NASCAR | 豪州王者2回、NASCARカップ2勝 |
| チャズ・モスタート | スーパーカーズ | 2025年王者、バサースト2勝 |
| ブロディ・コステッキ | スーパーカーズ | 2023年王者、2024年バサースト優勝 |
| モリー・テイラー | ラリー/オフロード | 2016年豪州ラリー王者 |
ジャック・ブラバム
ジャック・ブラバム(Jack Brabham)は、ニューサウスウェールズ州ハーストヴィル(Hurstville)生まれ。オーストラリアのモータースポーツ史で最も重要な人物の一人です。
1959年、1960年、1966年の3度F1世界王者となりました。
特に1966年は、自ら設立したブラバム(Brabham)チームのマシンを運転して世界タイトルを獲得。自分の名前を冠したチームの車でF1世界王者になった唯一のドライバーという、現在も破られていない記録を持っています。
ドライバーとして速いだけでなく、エンジニアリングへの理解が深く、F1のミッドシップ化やチーム経営にも大きな影響を残しました。
1979年にはモータースポーツへの功績でナイト爵を授与されています。
アラン・ジョーンズ
アラン・ジョーンズ(Alan Jones)は、メルボルン出身のF1世界王者です。
1977年オーストリアGPで初優勝。ウィリアムズ(Williams)へ移籍後にチームをトップへ押し上げ、1980年に5勝を挙げてF1世界チャンピオンになりました。
これはウィリアムズにとって最初のドライバーズタイトルであり、ジョーンズはジャック・ブラバムに続く2人目のオーストラリア人F1世界王者となりました。
強気なレーススタイルと率直な発言でも知られ、引退後はテレビ解説などでも長くオーストラリアのモータースポーツに関わっています。
マーク・ウェバー
マーク・ウェバー(Mark Webber)は、ニューサウスウェールズ州クイーンビアン(Queanbeyan)出身。
2002年にミナルディからF1デビューし、母国オーストラリアGPでいきなり5位入賞。その後ジャガー、ウィリアムズを経てレッドブルへ移籍しました。
F1では通算9勝、42回の表彰台を記録。2010年には最終戦まで世界タイトルを争いました。
F1引退後はポルシェ(Porsche)の世界耐久選手権チームへ加入し、2015年にWECドライバーズ世界王者となっています。
ダニエル・リカルド
ダニエル・リカルド(Daniel Ricciardo)は、西オーストラリア州パース(Perth)出身。オーストラリアで最も人気の高いF1ドライバーの一人です。
レッドブル時代を中心にF1通算8勝。特に2018年モナコGPでは、マシントラブルを抱えながらポジションを守り切って優勝しました。
2021年にはマクラーレンでイタリアGPを制し、チームに約9年ぶりのF1勝利をもたらしました。
2024年シンガポールGPを最後にF1シートを失い、その後競技生活を終えたことを本人も明らかにしています。2026年現在はフォード・レーシング(Ford Racing)のグローバル・アンバサダーを務めています。
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オスカー・ピアストリ
オスカー・ピアストリ(Oscar Piastri)は、メルボルン出身の現役F1ドライバーです。
ジュニア時代にフォーミュラ・ルノー、FIA F3、FIA F2を3年連続でシリーズ制覇する異例の成績を残し、2023年にマクラーレン(McLaren)からF1デビューしました。
2024年ハンガリーGPでF1初優勝し、同年アゼルバイジャンGPでも勝利。2025年はさらに飛躍し、年間7勝、ドライバーズランキング3位となりました。
2026年9月現在もマクラーレンのレギュラードライバーで、F1通算9勝。世界タイトルはまだ獲得していませんが、オーストラリアの次のF1王者候補として期待されています。
ウィル・パワー
ウィル・パワー(Will Power)は、クイーンズランド州トゥーンバ(Toowoomba)出身。アメリカのインディカーを代表するオーストラリア人です。
2014年と2022年にインディカー・シリーズ王者となり、2018年には世界三大レースの一つ、インディアナポリス500で優勝しました。
2026年シーズン終了時点で通算45勝、ポールポジション71回。71ポールはインディカー史上最多記録です。
17年間所属したチーム・ペンスキーを離れ、2026年からアンドレッティ・グローバル(Andretti Global)で26号車ホンダをドライブしています。
ヴァーン・シュパン
ヴァーン・シュパン(Vern Schuppan)は、南オーストラリア州ワイアラ(Whyalla)出身の国際派ドライバーです。
F1やインディカーにも参戦しましたが、最大の実績はスポーツカー・レースです。
1983年、ポルシェ956をハーレイ・ヘイウッド、アル・ホルバートとドライブし、ル・マン24時間総合優勝を達成しました。
オーストラリア人が世界最高峰の耐久レースで総合優勝した代表的な例として、現在も高く評価されています。
ピーター・ブロック
ピーター・ブロック(Peter Brock)は、オーストラリアのツーリングカー史を象徴する存在です。
オーストラリア・ツーリングカー選手権では1974、1978、1980年の3度王者。さらにバサーストでは1972年から1987年までに史上最多9勝を挙げ、「キング・オブ・ザ・マウンテン」の愛称で呼ばれました。
ホールデン(Holden)の05号車とともに国民的な人気を獲得し、レースファン以外にも名前が知られるスポーツスターとなりました。
2006年に事故で死去した後、バサースト1000の優勝者へ贈られるトロフィーは「ピーター・ブロック・トロフィー」と名付けられています。
ディック・ジョンソン
ディック・ジョンソン(Dick Johnson)は、クイーンズランドを代表するレーシングドライバーで、フォードの象徴的存在です。
オーストラリア・ツーリングカー選手権で5度王者、バサースト1000で3勝を記録しました。
1980年のバサーストでは、トップ走行中にコース上へ転がり込んだ岩へ衝突してリタイア。この出来事をきっかけに寄付が集まり、翌1981年にシリーズ王者とバサースト優勝を達成した物語は、オーストラリアのレース史で特に有名です。
自身が設立したディック・ジョンソン・レーシング(Dick Johnson Racing)は現在もスーパーカーズへ参戦しています。
ラリー・パーキンス
ラリー・パーキンス(Larry Perkins)は、ヴィクトリア州カウアンジー(Cowangie)出身。F1からバサーストまで経験した異色のドライバーです。
1970年代にF1へ11戦出場した後、オーストラリアへ戻り、ツーリングカーで大成功しました。
バサースト1000では通算6勝。ドライバーだけでなくエンジニア、チームオーナーとしても活動し、パーキンス・エンジニアリングを長く率いました。
現在、F1オーストラリアGPと併催されるスーパーカーズ戦では、週末の総合成績上位者へ「ラリー・パーキンス・トロフィー」が贈られています。
クレイグ・ラウンズ
クレイグ・ラウンズ(Craig Lowndes)は、メルボルン出身のスーパーカーズ・レジェンドです。
1996年、1998年、1999年にシリーズ王者となり、通算110勝。バサースト1000では7勝を記録しています。
ピーター・ブロックの後継者として若い頃から注目され、ホールデンからフォードへ移籍した際には大きな話題になりました。
親しみやすいキャラクターでも人気が高く、現代スーパーカーズを代表する「ピープルズ・チャンピオン」と呼ばれています。
ジェイミー・ウィンカップ
ジェイミー・ウィンカップ(Jamie Whincup)は、メルボルン出身。成績ではスーパーカーズ史上最も成功したドライバーです。
歴代最多7回のシリーズ王者、歴代最多125勝を記録し、バサースト1000でも4勝しています。
2021年末にフルタイム参戦を終え、その後は耐久戦のコ・ドライバーとして出場。2025年バサーストを最後にコ・ドライバーからも退きました。
現在はトリプル・エイト・レース・エンジニアリング(Triple Eight Race Engineering)のマネージング・ディレクター兼チーム代表として、チーム運営に携わっています。
マルコス・アンブローズ
マルコス・アンブローズ(Marcos Ambrose)は、タスマニア州ローンセストン(Launceston)出身です。
2003年、2004年にスーパーカーズで2年連続シリーズ王者となり、フォードのトップドライバーとして活躍しました。
その後アメリカへ渡ってNASCARへ挑戦。最高峰カップシリーズでは2011年と2012年にワトキンス・グレンで優勝し、NASCARカップ2勝を記録しています。
オーストラリア国内のチャンピオンからNASCAR最高峰で勝った珍しいキャリアを持ち、2025年にはスーパーカーズ殿堂入りしました。
チャズ・モスタート
チャズ・モスタート(Chaz Mostert)は、メルボルン生まれの現役スーパーカーズ・ドライバーです。
2014年のバサースト1000では最後尾から追い上げて優勝し、一躍スターとなりました。2021年にも再びバサーストを制し、現在まで2勝を記録しています。
2025年には長年届かなかった初のスーパーカーズ・シリーズ王者を獲得しました。
2026年は王者のカーナンバー「1」を付け、スーパーカーズへ新規参戦したトヨタGRスープラをドライブしています。
ブロディ・コステッキ
ブロディ・コステッキ(Brodie Kostecki)は、西オーストラリア州パース出身の現役トップドライバーです。
若い頃にアメリカでNASCAR系カテゴリーを経験した後、オーストラリアへ戻りスーパーカーズへ進みました。
2023年にシリーズ王者、2024年にはバサースト1000初優勝。2025年からディック・ジョンソン・レーシングの17号車をドライブしています。
2026年9月7日時点ではシーズン7勝を挙げ、ドライバーズランキング3位につけています。
ブロック・フィーニー
ブロック・フィーニー(Broc Feeney)は、ゴールドコースト出身の現役ドライバーです。
2022年にジェイミー・ウィンカップの後任としてトリプル・エイトのフルタイムシートを獲得。若くして数多くのレースで優勝しています。
2025年は年間14勝、19回のポールポジションを記録しながら、最終戦でチャズ・モスタートに逆転されタイトルを逃しました。
2026年9月7日時点ではドライバーズランキング首位。初のシリーズ王者を狙うオーストラリア若手の中心人物です。
ウィル・ブラウン
ウィル・ブラウン(Will Brown)は、クイーンズランド州トゥーンバ出身です。
2024年にトリプル・エイト加入初年度でスーパーカーズ・シリーズ王者となりました。
同年はすべてのラウンドで表彰台に立ち、ATCC/スーパーカーズでは40年ぶりとなる記録を達成しています。
2026年はトリプル・エイトがフォードへメーカー変更したため、フォード・マスタングで参戦しています。
モリー・テイラー
モリー・テイラー(Molly Taylor)は、シドニー出身のラリー/オフロード・ドライバーです。
2016年にスバルでオーストラリア・ラリー選手権史上初の女性シリーズ王者となりました。
その後は電動オフロードシリーズのエクストリームE(Extreme E)へ参戦し、2021年に初代シリーズ王者を獲得。2025年には新設されたFIAエクストリームHワールドカップでも初代王者となりました。
2026年もエクストリームHでタイトル防衛に挑んでいます。
2026年の注目ドライバー
2026年9月現在、海外カテゴリーと国内スーパーカーズの双方に注目のオーストラリア人ドライバーがいます。
| 選手 | 2026年の状況 |
|---|---|
| オスカー・ピアストリ | マクラーレンでF1参戦中。F1通算9勝 |
| ウィル・パワー | アンドレッティへ移籍。インディカー通算45勝 |
| ブロック・フィーニー | 9月7日時点でスーパーカーズ首位 |
| ブロディ・コステッキ | 9月7日時点で7勝、ランキング3位 |
| チャズ・モスタート | 2025年王者としてトヨタGRスープラをドライブ |
| ウィル・ブラウン | 2024年王者。2026年はフォードで参戦 |
| モリー・テイラー | FIAエクストリームH世界王座の防衛に挑戦 |
バサースト1000とは?
バサースト1000(Bathurst 1000)は、ニューサウスウェールズ州のマウント・パノラマを舞台に行われる1000km耐久レースです。
現在はスーパーカーズのシーズンを代表する大会で、「グレート・レース(The Great Race)」と呼ばれます。
コースは全長6.213km。普段は公道として使われる山岳コースで、急勾配、狭い区間、高速セクションが組み合わされています。
最多優勝はピーター・ブロックの9勝。続いてジム・リチャーズ、クレイグ・ラウンズが7勝を記録しています。
優勝者には2006年からピーター・ブロック・トロフィーが授与されています。
オーストラリアで観戦するなら
オーストラリア旅行とモータースポーツ観戦を組み合わせるなら、F1オーストラリアGPとスーパーカーズの主要大会が代表的です。
F1オーストラリアGP
メルボルンのアルバート・パークで開催されます。2026年大会は3月6~8日に行われました。
メルボルンCBDから比較的近く、トラムを利用してアクセスしやすいことから、海外旅行者にも観戦しやすいF1大会です。
2026年バサースト1000
2026年は10月8~11日に開催されます。決勝は10月11日です。
シドニーからバサーストまでは車で約3時間。大会期間は宿泊施設が非常に混み合うため、観戦旅行では早めの手配が必要です。
2026年ゴールドコースト500
10月23~25日にサーファーズ・パラダイス(Surfers Paradise)の市街地コースで開催されます。ビーチリゾートとレース観戦を同時に楽しめる大会です。
2026年サンダウン500
11月6~8日にメルボルンのサンダウン・レースウェイ(Sandown Raceway)で開催されます。
2026年アデレード・グランド・ファイナル
11月26~29日にアデレード(Adelaide)の市街地コースで開催。2026年スーパーカーズの最終戦です。
| 2026年大会 | 開催地 | 日程 |
|---|---|---|
| バサースト1000 | バサースト | 10月8~11日 |
| ゴールドコースト500 | サーファーズ・パラダイス | 10月23~25日 |
| サンダウン500 | メルボルン | 11月6~8日 |
| アデレード・グランド・ファイナル | アデレード | 11月26~29日 |
大会日程は変更される場合があります。観戦旅行を計画する際は、F1またはスーパーカーズの公式サイトで最新情報を確認してください。
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オーストラリア出身のカーレーサーに関するよくある質問(FAQ)
2人です。ジャック・ブラバムが1959、1960、1966年の3回、アラン・ジョーンズが1980年に世界タイトルを獲得しています。
2026年9月現在、まだ世界王者ではありません。2025年には7勝を挙げてランキング3位となり、F1通算9勝を記録しています。
ピーター・ブロックです。1972年から1987年までに9勝し、「キング・オブ・ザ・マウンテン」と呼ばれました。
ジェイミー・ウィンカップです。シリーズタイトル7回、通算125勝の歴代最多記録を持っています。
ウィル・パワーが2018年に優勝しています。パワーは2014年と2022年のインディカー・シリーズ王者でもあります。
モリー・テイラーが代表的です。2016年に女性として初めてオーストラリア・ラリー選手権王者となり、2021年にエクストリームE、2025年にFIAエクストリームHの初代王者にもなっています。
2026年9月7日現在、バサースト1000が10月8~11日、ゴールドコースト500が10月23~25日、サンダウン500が11月6~8日、アデレード・グランド・ファイナルが11月26~29日に予定されています。
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オーストラリアは、世界を代表するサーフィン大国です。長い海岸線と一年を通して波に恵まれる環境から、ミジェット・ファレリー、ナット・ヤング、マーク・リチャーズ、トム・キャロルといった先駆者から、ミック・ファニング、レイン・ビーチリー、ステファニー・ギルモア、ジョエル・パーキンソンまで、数多くの世界王者を生み出してきました。
現在もその伝統は続いています。2025年にはニューサウスウェールズ州出身のモリー・ピクラムが初の世界タイトルを獲得。2024年パリ五輪では、西オーストラリア州のジャック・ロビンソンが男子銀メダルを獲得し、オーストラリアの五輪サーフィン史上最高成績を残しました。
2026年には、2年間競技ツアーを離れていた8度の世界王者ステファニー・ギルモアが本格復帰し、地元スナッパー・ロックスでゴールドコースト・プロを優勝。同じ大会の男子ではイーサン・ユーイングが勝ち、現役世代の強さも改めて示しています。
オーストラリアのサーフィン文化はプロ競技だけではありません。シドニー(Sydney)のマンリー(Manly)、ゴールドコースト(Gold Coast)のスナッパー・ロックス(Snapper Rocks)、ヴィクトリア州(Victoria)のベルズ・ビーチ(Bells Beach)、西オーストラリア州(Western Australia)のマーガレット・リバー(Margaret River)など、世界的に知られるサーフスポットが各地にあります。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する歴代・現役サーファーを、世界タイトル、出身地、プレースタイル、主な実績とともに紹介します。最後には、オーストラリア旅行中に世界トップ選手を観戦できる代表的な大会もまとめています。
なぜオーストラリアはサーフィン大国?


オーストラリアでは、サーフィンは一部の競技者だけが行うスポーツではなく、沿岸部の日常生活に深く溶け込んでいます。
学校へ行く前に海へ入り、週末は地元のボードライダーズクラブで大会に参加するという生活を送る子供も珍しくありません。
ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州、西オーストラリア州、ヴィクトリア州など、地域ごとに波質が大きく異なるため、ビーチブレイク、ポイントブレイク、リーフブレイク、大波まで幅広い条件に対応できる選手が育ちます。
1964年にはマンリーで最初の公式世界選手権が開催され、オーストラリアのミジェット・ファレリーが優勝。競技サーフィンの歴史そのものにもオーストラリアは深く関わっています。
代表的な世界王者一覧
| 選手 | 主な世界タイトル |
|---|---|
| ミジェット・ファレリー | 1964年 世界選手権 |
| ナット・ヤング | 1966年 世界選手権 |
| マーク・リチャーズ | 1979~1982年 4年連続 |
| トム・キャロル | 1983、1984年 |
| ポーリーン・メンツァー | 1993年 |
| マーク・オクルーポ | 1999年 |
| レイン・ビーチリー | 世界タイトル7回 |
| チェルシー・ヘッジ | 2005年 |
| ミック・ファニング | 2007、2009、2013年 |
| ジョエル・パーキンソン | 2012年 |
| ステファニー・ギルモア | 世界タイトル8回 |
| タイラー・ライト | 2016、2017年 |
| モリー・ピクラム | 2025年 |
プロツアーの制度や名称は時代によって異なりますが、オーストラリアは男子・女子とも長期間にわたり世界王者を生み続けています。
ミジェット・ファレリー
ミジェット・ファレリー(Midget Farrelly)は、シドニー出身のオーストラリア・サーフィン界の先駆者です。
1964年にマンリー・ビーチで開催された最初の公式世界サーフィン選手権で男子優勝。約6万人の観衆が見守る中、初代世界王者となりました。
それ以前の1962年にはハワイのマカハ・インターナショナルも制し、同大会を勝った最初のハワイ・アメリカ以外の選手として注目を集めています。
軽快で洗練されたスタイルは、1960年代のオーストラリアにサーフィンを広く浸透させる大きなきっかけとなりました。
オーストラリアのオプショナルツアーをお得に予約!
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さまざまなアクティビティやツアーが豊富に揃っており、家族や友人との特別な思い出作りにぴったりです。観光名所巡りからアドベンチャー体験まで、どんな旅行スタイルにも対応したプランが見つかります。
ナット・ヤング
ナット・ヤング(Nat Young)は、シドニー出身。1966年にアメリカ・サンディエゴで世界選手権を制した革新的なサーファーです。
ミジェット・ファレリーの流れるようなスタイルとは対照的に、スピードを生かして急激に方向を変える攻撃的なライディングを発展させました。
1964~1966年にオーストラリア選手権を3連覇し、1970年にはハワイのスミノフ・ワールド・プロも優勝。競技だけでなく、サーフボード、執筆、サーフィン教育にも長く関わっています。
マーク・リチャーズ
マーク・リチャーズ(Mark Richards)は、ニューサウスウェールズ州ニューカッスル(Newcastle)出身。「MR」の愛称で知られるオーストラリアン・サーフィンの象徴です。
1979、1980、1981、1982年と4年連続で世界タイトルを獲得しました。
自身でデザインしたツインフィン・ボードを武器に、スピードと鋭いターンを組み合わせた独特のスタイルを確立。サーフボード・シェイパーとしても大きな影響を残しました。
トム・キャロル
トム・キャロル(Tom Carroll)は、シドニーのノーザン・ビーチ(Northern Beaches)で育ったパワーサーフィンの名手です。
1983年と1984年に世界タイトルを連覇し、プロサーフィンで世界王者になった最初のグーフィーフッターとして知られています。
フィジカル・トレーニングを積極的に取り入れ、プロサーファーにもアスリートとしての体作りが必要だという考えを広げた人物でもあります。
大きな波での力強いボトムターン、特にハワイのパイプラインでのサーフィンは現在も高く評価されています。
マーク・オクルーポ
マーク・オクルーポ(Mark Occhilupo)は、シドニー出身。「オッキー」の愛称で親しまれるグーフィーフッターです。
10代から世界トップレベルで活躍しましたが、一度ツアーから離れた後に復活し、1999年、33歳で世界王者になりました。
低い姿勢から繰り出す強烈なバックサイド・ターンと個性的なキャラクターで、オーストラリアだけでなく世界中にファンを持っています。
レイン・ビーチリー
レイン・ビーチリー(Layne Beachley)は、シドニーのマンリーで育った女子サーフィン界のレジェンドです。
世界タイトルは通算7回。1998年から2003年まで6年連続で世界王者となり、男女を通じて6連覇を達成した唯一のサーファーです。
大波にも強く、女子プロサーフィンの競技レベルと社会的地位を高めた重要人物です。
引退後はサーフィン・オーストラリアの会長を務めたほか、女子スポーツやメンタルウェルネスの支援活動にも取り組んでいます。
ポーリーン・メンツァー
ポーリーン・メンツァー(Pauline Menczer)は、シドニーのボンダイ(Bondi)で育った世界王者です。
1993年に女子プロツアーの世界タイトルを獲得。女性選手への賞金やサポートが現在ほど充実していなかった時代に、病気や経済的な困難を抱えながら世界の頂点へ到達しました。
女子サーフィンの待遇改善やジェンダー平等の歴史を語る際にも欠かせない存在です。
ミック・ファニング
ミック・ファニング(Mick Fanning)は、ニューサウスウェールズ州ペンリス(Penrith)生まれで、ゴールドコーストで育ちました。
2007、2009、2013年の3度世界王者。チャンピオンシップ・ツアー22勝を挙げ、2018年にフルタイムの競技生活から引退しました。
「ホワイト・ライトニング」の愛称通り、スピードと精密なレールワークが特徴です。ベルズ・ビーチと南アフリカのジェフリーズ・ベイではそれぞれ4勝しています。
2015年のジェイベイ・オープン決勝でサメに襲われながら無事脱出した出来事は世界的ニュースとなり、助けに向かったジュリアン・ウィルソンとともにオーストラリア・スポーツ殿堂の特別賞を受賞しました。
ジョエル・パーキンソン
ジョエル・パーキンソン(Joel Parkinson)は、クイーンズランド州出身で、ゴールドコーストのクーランガッタ(Coolangatta)を拠点に育ったサーファーです。
何度も世界タイトル争いをしながら惜しくも届かないシーズンが続きましたが、2012年に念願の世界王者となりました。
滑らかなレールワークと無駄のないライン取りで知られ、スタイルの美しさでは同世代を代表する選手と評価されています。
2022年にオーストラリアン・サーフィン殿堂入りしました。
ステファニー・ギルモア
ステファニー・ギルモア(Stephanie Gilmore)は、ニューサウスウェールズ州マランビンビー(Murwillumbah)生まれで、ゴールドコーストのスナッパー・ロックスをホームブレイクとする世界的スターです。
2007年、ツアー初年度でいきなり世界タイトルを獲得。その後も勝利を重ね、2022年には女子史上最多となる8度目の世界タイトルを獲得しました。
スピード、ライン取り、リラックスしたスタイルを兼ね備え、競技成績だけでなく「最もスタイリッシュなサーファー」の一人としても高く評価されています。
2024年と2025年はフルタイムのチャンピオンシップ・ツアーから離れていましたが、2026年に復帰。5月には地元スナッパー・ロックスのゴールドコースト・プロで優勝し、同大会通算7勝、CT通算34勝としました。
タイラー・ライト
タイラー・ライト(Tyler Wright)は、ニューサウスウェールズ州カルバーラ・ビーチ(Culburra Beach)出身です。
2016年と2017年に世界タイトルを連覇。パワフルなターンと大きな波への対応力で世界トップクラスに定着しました。
兄のオーウェン・ライト、マイキー・ライトもプロサーファーというサーフィン一家です。
東京2020、パリ2024とオリンピックにもオーストラリア代表として出場しました。
サリー・フィッツギボンズ
サリー・フィッツギボンズ(Sally Fitzgibbons)は、ニューサウスウェールズ州ジェロア(Gerroa)出身です。
チャンピオンシップ・ツアーでは長年世界タイトル争いに加わりながら、世界王者にはあと一歩届きませんでした。しかしISAワールド・サーフィン・ゲームズでは圧倒的な強さを発揮しています。
2024年大会でも個人金メダルを獲得し、2025年大会では銅メダル。2025年時点でISAワールド・サーフィン・ゲームズでは個人金4個を含む6個のメダルを獲得しています。
国を代表する大会への強い思いと安定した競技力で、オーストラリア代表「イルカンジズ」の精神的支柱でもあります。
タジ・バロウ
タジ・バロウ(Taj Burrow)は、西オーストラリア州バッセルトン(Busselton)生まれで、ヤリンガップ(Yallingup)周辺の波で育ちました。
世界タイトルこそ獲得していませんが、長期間にわたり世界トップクラスで戦い続け、革新的な空中技とスピードで1990年代後半から2010年代のサーフィンへ大きな影響を与えました。
2023年にオーストラリアン・サーフィン殿堂入りしています。
オーウェン・ライト
オーウェン・ライト(Owen Wright)は、ニューサウスウェールズ州カルバーラ・ビーチ出身のグーフィーフッターです。
大柄な体格を生かしたパワフルなサーフィンとチューブライディングで世界トップクラスに活躍しました。
2015年にフィジーで史上初となる2ヒート連続パーフェクト20を記録。重い頭部外傷から復帰した後、東京2020では男子銅メダルを獲得し、オーストラリア初のオリンピック・サーフィンメダリストとなりました。
ジャック・ロビンソン
ジャック・ロビンソン(Jack Robinson)は、西オーストラリア州スビアコ(Subiaco)生まれ、マーガレット・リバー育ちの現役トップサーファーです。
子供の頃から大きくてパワフルなリーフブレイクに慣れ、世界屈指のチューブライダーへ成長しました。
チャンピオンシップ・ツアーではパイプライン、Gランド、マーガレット・リバーなど難しい波で好成績を残しています。
2024年パリ五輪の競技会場タヒチ・チョープーでは決勝へ進み、男子銀メダルを獲得。これはオーストラリアのオリンピック・サーフィン史上最高成績です。
イーサン・ユーイング
イーサン・ユーイング(Ethan Ewing)は、クイーンズランド州ノース・ストラドブローク島(North Stradbroke Island)で育った現役トップ選手です。
クラシカルなスタイルと深いボトムターン、大きなカービングを特徴とし、現代ツアーでも特に美しいサーフィンをする選手として評価されています。
2022年ジェフリーズ・ベイでCT初優勝。2023年には背骨を骨折する大怪我からわずか数週間で復帰し、その年の世界ランキング2位となりました。
2026年5月にはスナッパー・ロックスのゴールドコースト・プロで優勝。地元クイーンズランドで念願のCT勝利を挙げています。
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モリー・ピクラム
モリー・ピクラム(Molly Picklum)は、ニューサウスウェールズ州ゴスフォード(Gosford)生まれ、セントラルコーストのテリガル(Terrigal)育ちです。
パワフルなターンと空中技、大きな波への積極性を武器に若くして世界トップへ進出しました。
2025年はリオとチョープーで優勝するなどシーズンを通してランキングをリードし、フィジーのクラウドブレイクで行われたWSLファイナルズでキャロライン・マークスを破って初の世界タイトルを獲得しました。
2024年パリ五輪にも出場。2026年現在、オーストラリア女子サーフィンの新世代を代表する存在です。
2026年のオーストラリア勢
2026年のWSLチャンピオンシップ・ツアーは従来のシーズン終盤方式を変更し、12月のハワイ・パイプラインまで続く年間ツアーとなっています。
そのため、2026年9月7日現在はシーズン途中で、男女とも世界王者はまだ決まっていません。
ステファニー・ギルモアが復帰優勝
ギルモアは2年間のフルタイム競技休止から復帰し、5月のゴールドコースト・プロで優勝。地元スナッパー・ロックスで7度目の大会制覇となりました。
イーサン・ユーイングも地元優勝
同大会男子ではイーサン・ユーイングがコナー・オレアリーを破り優勝。男女ともクイーンズランド州のオーストラリア選手が勝つ結果となりました。
ジョージ・ピターがマーガレット・リバー初優勝
4月のマーガレット・リバー・プロでは、ニューサウスウェールズ州出身のジョージ・ピター(George Pittar)がCT初優勝を飾りました。
2025年王者モリー・ピクラム
モリー・ピクラムはディフェンディング世界王者として2026年ツアーを戦っています。22歳で獲得した2025年タイトルにより、今後の女子ツアーを長くけん引する存在として注目されています。
名選手を育てたサーフスポット
| 地域 | ゆかりの選手・特徴 |
|---|---|
| マンリー | ミジェット・ファレリー、レイン・ビーチリー。1964年世界選手権会場 |
| スナッパー・ロックス | ステファニー・ギルモア、ミック・ファニング、ジョエル・パーキンソン |
| ニューカッスル | マーク・リチャーズを生んだニューサウスウェールズ州屈指のサーフタウン |
| カルバーラ・ビーチ | タイラー・ライト、オーウェン・ライトらライト一家 |
| マーガレット・リバー | ジャック・ロビンソン。大きくパワフルなリーフブレイク |
| ヤリンガップ | タジ・バロウなど西オーストラリアのトップ選手を輩出 |
| ベルズ・ビーチ | 世界最古クラスのプロ大会「リップカール・プロ」の舞台 |
有名選手の出身地やホームブレイクを知ってから海岸を訪れると、単なるビーチ観光とは違った楽しみ方ができます。
オーストラリアで観戦するなら
世界トップ選手を実際に見たい場合、WSLチャンピオンシップ・ツアーのオーストラリア大会が最も分かりやすい機会です。
2026年は、世界ツアー開幕から3大会連続でオーストラリア開催となりました。
| 2026年大会 | 開催地 | 日程 |
|---|---|---|
| リップカール・プロ・ベルズ・ビーチ | ヴィクトリア州 | 4月1~11日 |
| ウェスタン・オーストラリア・マーガレット・リバー・プロ | 西オーストラリア州 | 4月17~27日 |
| ゴールドコースト・プロ | スナッパー・ロックス | 5月2~12日 |
この3大会は「オージー・トレブル」として位置付けられています。
ベルズ・ビーチ
メルボルンから南西へ約100km。リップカール・プロは世界のプロサーフィンを代表する歴史的大会で、優勝者がベルを鳴らす伝統があります。
マーガレット・リバー
パースから南へ約270km。ワイン産地として有名ですが、外洋から大きなうねりが入る世界クラスのサーフエリアでもあります。
スナッパー・ロックス
ゴールドコースト南端、クーランガッタにある世界有数のポイントブレイクです。観客はビーチから選手を比較的近い距離で見ることができます。
WSLの日程は年ごとに変更されます。旅行と観戦を組み合わせる場合は、必ずその年の公式スケジュールを確認してください。
オーストラリア出身の有名サーファーに関するよくある質問(FAQ)
ステファニー・ギルモアです。2022年に8度目の世界タイトルを獲得しました。女子ではレイン・ビーチリーが7回、男子ではマーク・リチャーズが4回です。
ミジェット・ファレリーです。1964年にシドニーのマンリーで開催された最初の公式世界サーフィン選手権で優勝しました。
3回です。2007年、2009年、2013年に世界タイトルを獲得しました。チャンピオンシップ・ツアーでは22勝しています。
オーストラリアのモリー・ピクラムです。フィジーのクラウドブレイクで行われたWSLファイナルズでキャロライン・マークスを破り、初の世界タイトルを獲得しました。
オーウェン・ライトが東京2020で男子銅メダル、ジャック・ロビンソンがパリ2024で男子銀メダルを獲得しています。
はい。2024年と2025年はフルタイムのツアーから離れていましたが、2026年に復帰し、5月のゴールドコースト・プロで優勝しています。
ベルズ・ビーチ、マーガレット・リバー、ゴールドコーストのスナッパー・ロックスが代表的です。いずれもWSLチャンピオンシップ・ツアー開催実績がある世界的サーフスポットです。
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オーストラリアは、世界のラグビー史に数多くの名選手を送り出してきました。ジョン・イールズ、デイヴィッド・キャンピージ、ジョージ・グレーガン、ティム・ホラン、スティーブン・ラーカムなど、1991年と1999年のラグビーワールドカップ優勝を支えたレジェンドは、日本のラグビーファンにもよく知られています。
近年も、マイケル・フーパーやデイヴィッド・ポーコックに続き、ジョセフ・アウクソ・スアアリイ、フレーザー・マクライト、ハリー・ウィルソンらがワラビーズをけん引しています。女子では、リオ五輪金メダルのシャーロット・カスリック、世界最高クラスのトライゲッターであるマディソン・リーバイなど、セブンズからも世界的スターが生まれています。
なお、オーストラリアではラグビー・ユニオン(Rugby Union)とラグビー・リーグ(Rugby League)は別競技として扱われます。日本で一般に「ラグビー」と呼ばれる15人制はラグビー・ユニオンで、男子代表はワラビーズ、女子代表はワラルーズです。本記事ではラグビー・ユニオンとセブンズの選手を中心に紹介し、NRLを主戦場とするラグビー・リーグ選手は対象外としています。
オーストラリア代表選手は日本との縁も深く、ジョージ・グレーガン、スティーブン・ラーカム、ジョージ・スミス、マット・ギタウをはじめ、多くのワラビーズ経験者が日本のトップリーグ、現在のジャパンラグビー リーグワンでプレーしてきました。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する歴代・現役ラグビー選手を、主な実績、ポジション、プレースタイル、日本との関わりとともに紹介します。2027年にオーストラリアで開催される男子ラグビーワールドカップの観戦情報も最後にまとめています。
ラグビー・ユニオンとリーグの違い


| 競技 | 人数 | 主な豪州代表・大会 |
|---|---|---|
| ラグビー・ユニオン | 15人 | ワラビーズ、ワラルーズ、ラグビーワールドカップ、スーパーラグビー |
| ラグビー・セブンズ | 7人 | オーストラリア・セブンズ、オリンピック、HSBC SVNS |
| ラグビー・リーグ | 13人 | カンガルーズ、NRL、ステート・オブ・オリジン |
オーストラリアではラグビー・リーグも非常に人気が高いため、新聞やテレビでは単に「Rugby」と「League」を使い分けることがよくあります。
ジョセフ・スアアリイやクウェイド・クーパーのように、ユニオンとリーグの両方に関わった選手もいます。
ワラビーズとは?
男子15人制オーストラリア代表の愛称がワラビーズ(Wallabies)です。
世界で最も成功したラグビー代表の一つで、ラグビーワールドカップでは1991年と1999年に優勝。2003年と2015年にも決勝へ進出しました。
伝統的なライバルはニュージーランド代表オールブラックスで、両国が争うブレディスローカップはオーストラリアで最も注目される国際ラグビーの一つです。
代表的なオーストラリア選手一覧
| 選手 | ポジション | 主な実績 |
|---|---|---|
| ジョン・イールズ | ロック | W杯2回優勝、1999年主将 |
| デイヴィッド・キャンピージ | ウイング | W杯1991優勝・大会最優秀選手 |
| マイケル・ライナー | フライハーフ | W杯1991優勝、テスト911得点 |
| ニック・ファー=ジョーンズ | スクラムハーフ | W杯1991優勝主将 |
| ティム・ホラン | センター | W杯1991・1999優勝 |
| ジョージ・グレーガン | スクラムハーフ | 139テスト、W杯1999優勝 |
| スティーブン・ラーカム | フライハーフ | 102テスト、W杯1999優勝 |
| ジョージ・スミス | フランカー | 111テスト、世界ラグビー殿堂 |
| マット・ギタウ | センター/フライハーフ | 103テスト、W杯2015準優勝 |
| デイヴィッド・ポーコック | フランカー | 83テスト、世界ラグビー2010年代ベストXV |
| マイケル・フーパー | フランカー | 125テスト、代表主将69試合 |
| ジェームズ・スリッパー | プロップ | 豪州最多テストキャップ記録 |
| ジョセフ・スアアリイ | センター | NRLから転向、現役ワラビーズ |
| シャーロット・カスリック | セブンズ | リオ五輪金、世界最優秀選手 |
| マディソン・リーバイ | セブンズ | 世界最高クラスのトライゲッター |
ジョン・イールズ
ジョン・イールズ(John Eales)は、ブリスベン(Brisbane)出身。オーストラリアラグビー史上最高のキャプテンの一人です。
1991年ワールドカップを21歳で制し、1999年大会では主将として再び優勝。異なる2大会で世界王者になった数少ない選手です。
ポジションはロックながらゴールキッカーも務め、86テストで173得点。世界ラグビーによると、現在もテストラグビー史上最多得点のフォワードです。
2000年のブレディスローカップでは、試合終了間際にタッチライン際から決勝PGを成功させたことでも知られています。
ワラビーズ年間最優秀選手に贈られる「ジョン・イールズ・メダル」に名前が残されています。
デイヴィッド・キャンピージ
デイヴィッド・キャンピージ(David Campese)は、史上最も華のあるウイングの一人です。
1982年に19歳で代表デビューし、101テストで64トライ。引退時には国際ラグビーの世界最多トライ記録を持っていました。
最大の活躍は1991年ワールドカップで、6試合6トライを挙げてオーストラリア初優勝に貢献し、大会最優秀選手に選ばれました。
独特の「グースステップ」と予測不能なランニングは、現在でもキャンピージを象徴するプレーとして語り継がれています。
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マイケル・ライナー
マイケル・ライナー(Michael Lynagh)は、ブリスベン出身のフライハーフ/インサイドセンターです。
1984年の英国・アイルランド遠征でグランドスラムを達成し、1991年ワールドカップ優勝チームでも中心選手として活躍しました。
72テストで911得点を挙げ、1995年の代表引退時には世界のテストラグビー歴代最多得点記録を保持していました。
1991年ワールドカップ準々決勝のアイルランド戦では、終了間際の逆転トライを決め、ワラビーズを敗退寸前から救っています。
ニック・ファー=ジョーンズ
ニック・ファー=ジョーンズ(Nick Farr-Jones)は、1991年ワールドカップでオーストラリアを初の世界一へ導いた主将です。
スクラムハーフとしてマイケル・ライナーと長年ハーフ団を組み、試合を読む能力とリーダーシップで1980年代後半から90年代初頭のワラビーズを支えました。
代表63テスト、うち36試合で主将。2011年に世界ラグビー殿堂入りしています。
ティム・ホラン
ティム・ホラン(Tim Horan)は、クイーンズランド州ダーリング・ハイツ(Darling Heights)出身のセンターです。
1991年と1999年、オーストラリアが優勝した2度のワールドカップでプレー。1999年大会では安定した活躍を続け、大会最優秀選手に選ばれました。
80テスト30トライ。低い重心からの力強いラン、相手の守備を破るライン取り、堅いディフェンスを兼ね備えた世界最高クラスのセンターでした。
ジョージ・グレーガン
ジョージ・グレーガン(George Gregan)は、ザンビア生まれですが、生後10か月で家族とキャンベラ(Canberra)へ移住し、オーストラリアで育ちました。
1994年から2007年までワラビーズでプレーし、139テストに出場。長くオーストラリア最多キャップ記録を保持しました。
1999年ワールドカップ優勝、2003年大会準優勝。2003年大会では主将を務めました。
1994年のニュージーランド戦でジェフ・ウィルソンの決定的なトライを止めたカバータックルは、ワラビーズ史上最も有名なプレーの一つです。
スティーブン・ラーカム
スティーブン・ラーカム(Stephen Larkham)は、キャンベラ出身。フルバックとして代表入りした後、フライハーフへ転向し、世界屈指の司令塔になりました。
102テストに出場し、そのうち73試合でジョージ・グレーガンとハーフ団を形成。ブランビーズとワラビーズの黄金期を象徴するコンビです。
1999年ワールドカップ準決勝の南アフリカ戦で決めた約48メートルのドロップゴールは、オーストラリアラグビー史の名場面として知られています。
同大会優勝後も2003年大会で決勝へ進出。2018年に世界ラグビー殿堂入りしました。
ジョージ・スミス
ジョージ・スミス(George Smith)は、シドニー出身のオープンサイド・フランカーです。
2000年に20歳で代表デビューし、最終的に111テストに出場。激しいタックル、ボール奪取、運動量を兼ね備え、現代型オープンサイドの先駆者の一人と評価されています。
2003年ワールドカップでは決勝進出に貢献し、2013年には一度代表を退いた後、ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ戦で異例の復帰も果たしました。
クラブレベルではブランビーズだけでなく、フランス、英国、日本など世界各地でプレーし、2023年に世界ラグビー殿堂入りしています。
マット・ギタウ
マット・ギタウ(Matt Giteau)は、シドニー生まれでキャンベラ育ち。センター、フライハーフ、スクラムハーフをこなした万能バックスです。
2002年にテストデビューし、103テスト、698得点を記録。2015年には海外所属選手の代表選考基準を変更した、いわゆる「ギタウ・ルール」のきっかけとなりました。
同年ワールドカップで代表へ復帰し、オーストラリアの決勝進出に貢献しました。
フランスのトゥーロンで欧州王者となった後は、日本のサントリーサンゴリアスでもプレーし、トップリーグ優勝を経験しています。
デイヴィッド・ポーコック
デイヴィッド・ポーコック(David Pocock)は、ジンバブエ生まれで少年期に西オーストラリア州へ移住したフランカーです。
ワラビーズで83テストに出場し、ブレイクダウンで相手ボールを奪う「ジャッカル」の名手として世界的に評価されました。
2015年ワールドカップではマイケル・フーパーとの「ポーパー」と呼ばれたバックローを形成し、決勝進出に貢献しました。
2020年には世界ラグビーが選出した2010年代の男子ベストXVで唯一のオーストラリア人に選ばれています。
マイケル・フーパー
マイケル・フーパー(Michael Hooper)は、シドニー出身。2010年代から2020年代前半のワラビーズを代表するフランカーです。
2012年に代表デビューし、125テストに出場。23歳だった2014年にワラビーズ主将となり、その後69テストで代表を率いました。
ジョン・イールズ・メダルを4度受賞し、2015年と2021年には世界年間最優秀選手候補にも選ばれました。
2015年ワールドカップ準優勝後も長く代表の7番を背負い、2024年にはパリ五輪を目指してセブンズへ転向。同年6月に現役引退しました。
ジェームズ・スリッパー
ジェームズ・スリッパー(James Slipper)は、ゴールドコースト(Gold Coast)出身のプロップです。
2010年に21歳で代表デビューし、長期間にわたって左右両方のプロップをこなしました。
2025年に一度テストラグビーから退きましたが、2026年に代表へ復帰。2026年9月時点で154テストを記録するオーストラリア史上最多キャップ選手です。
スーパーラグビーでも2026年に歴代最多出場記録を更新し、9月にはブランビーズと2027年シーズンまで契約を延長しました。
ジョセフ・アウクソ・スアアリイ
ジョセフ・アウクソ・スアアリイ(Joseph-Aukuso Suaalii)は、シドニー出身の現役スターです。
学生時代はラグビー・ユニオンで高い評価を受けましたが、プロ入り後はNRLのシドニー・ルースターズでラグビー・リーグをプレー。その後ラグビー・ユニオンへ復帰しました。
2024年の英国戦で、スーパーラグビー出場前にワラビーズのテストデビューを果たすという異例のスタートを切り、デビュー戦でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれました。
現在はニューサウスウェールズ・ワラターズとワラビーズのセンターを中心にプレーし、2027年自国開催ワールドカップへ向けた中心選手の一人です。
フレーザー・マクライト、ハリー・ウィルソン
フレーザー・マクライト
フレーザー・マクライト(Fraser McReight)は、クイーンズランド州バデリム(Buderim)出身のオープンサイド・フランカーです。
マイケル・フーパー引退後のワラビーズ7番として定着し、2026年にはクイーンズランド・レッズの単独キャプテンに就任しました。
激しいブレイクダウン、運動量、サポートプレーを武器に、現在のワラビーズで世界レベルと評価されるフォワードの一人です。
ハリー・ウィルソン
ハリー・ウィルソン(Harry Wilson)は、ニューサウスウェールズ州ガネダー(Gunnedah)出身のナンバー8です。
強いボールキャリーと豊富な運動量を持ち、2026年もワラビーズの主将を務めています。
2026年7月にレス・キスが代表監督へ就任した後もキャプテンとして継続起用され、9月のアルゼンチン遠征でもチームを率いました。
シャーロット・カスリック
シャーロット・カスリック(Charlotte Caslick)は、ブリスベン出身の女子ラグビー・セブンズのレジェンドです。
2016年リオデジャネイロ五輪で、オーストラリア女子セブンズを初代オリンピック金メダルへ導いた中心選手でした。
同年にはワールドラグビー女子セブンズ年間最優秀選手を受賞。ワールドシリーズ、コモンウェルスゲームズ、ラグビーワールドカップ・セブンズでも優勝を経験しています。
2025年には15人制ワラルーズへ挑戦。2026年2月に妊娠を発表し、競技から離れています。
マディソン・リーバイ
マディソン・リーバイ(Maddison Levi)は、ゴールドコースト出身の女子セブンズ世界屈指のトライゲッターです。
圧倒的なスピードとサイズを生かし、2024年パリ五輪では1大会15トライというオリンピック記録を樹立しました。
HSBC SVNSでは1シーズン69トライの記録を持ち、2026年シーズンも64トライを挙げ、4季連続のシリーズ最多トライとなりました。
2026年8月には初めて15人制ワラルーズの代表スコッドにも招集され、セブンズだけでなく15人制での可能性も注目されています。
そのほかの有名選手
マシュー・バーク
マシュー・バーク(Matthew Burke)は1999年ワールドカップ優勝時のフルバック。決勝フランス戦で25点を挙げるなど、正確なゴールキックで黄金期を支えました。2025年に世界ラグビー殿堂入りしています。
クウェイド・クーパー
クウェイド・クーパー(Quade Cooper)は、独創的なパス、ステップ、キックで人気を集めたフライハーフです。長年クイーンズランド・レッズとワラビーズで活躍し、その後は日本の花園近鉄ライナーズでもプレーしました。
ウィル・ゲニア
ウィル・ゲニア(Will Genia)は、クウェイド・クーパーとのハーフ団で2011年のレッズをスーパーラグビー優勝へ導いたスクラムハーフです。ワラビーズで100テスト以上に出場し、日本では花園近鉄ライナーズでプレーしました。
バーナード・フォーリー
バーナード・フォーリー(Bernard Foley)は、2014年にワラターズをスーパーラグビー初優勝へ導き、2015年ワールドカップではワラビーズのフライハーフとして決勝へ進出しました。日本ではクボタスピアーズ船橋・東京ベイでプレーし、2023年のリーグワン初優勝にも貢献しています。
日本との深い関わり
オーストラリアのトップ選手と日本ラグビーの関係は非常に深く、現在のリーグワンが世界有数の選手を集める大会へ成長する以前から、多くのワラビーズが日本でプレーしてきました。
| 選手 | 日本での主な所属・関係 |
|---|---|
| ジョージ・グレーガン | サントリーサンゴリアスで現役最後の時期をプレー |
| スティーブン・ラーカム | リコーブラックラムズで3シーズンプレー |
| ジョージ・スミス | サントリーサンゴリアスで長く活躍 |
| マット・ギタウ | サントリーサンゴリアスでプレーしタイトル獲得 |
| クウェイド・クーパー | 花園近鉄ライナーズ |
| ウィル・ゲニア | 花園近鉄ライナーズ |
| バーナード・フォーリー | クボタスピアーズ船橋・東京ベイ |
2026年もフォーリーをはじめ、多くのオーストラリア人選手が日本でプレーしています。距離がヨーロッパより近く、試合テンポもスーパーラグビーに近いことから、日本はオーストラリア人選手に人気の海外移籍先になっています。
2026年のワラビーズ
2026年7月から、ワラビーズはレス・キス(Les Kiss)がヘッドコーチを務めています。
主将はハリー・ウィルソン。フレーザー・マクライト、ロブ・ヴァレティニ、ジョセフ・スアアリイ、レン・イキタウ、マックス・ジョーゲンセン、トム・ライトなどが中心となっています。
8月には日本代表と大阪・花園、タウンズビルで2試合を行って連勝。その後のアルゼンチン遠征では第1戦に勝利、第2戦を28対28で引き分け、オーストラリア史上初めてアルゼンチンで複数試合シリーズに勝利しました。
2027年自国開催ワールドカップを見据え、経験豊富な選手と20代前半の新世代を組み合わせたチーム作りが進んでいます。
2027年ラグビーワールドカップ
男子ラグビーワールドカップ2027は、2027年10月1日~11月13日にオーストラリアで開催されます。
24チームへ拡大された最初の大会で、アデレード(Adelaide)、ブリスベン、メルボルン、ニューカッスル(Newcastle)、パース(Perth)、シドニー、タウンズビル(Townsville)の7都市・8会場で試合が行われます。
ワラビーズのプール戦
| 日付 | 対戦 | 開催地 |
|---|---|---|
| 2027年10月1日 | オーストラリア対香港チャイナ | パース |
| 2027年10月9日 | ニュージーランド対オーストラリア | シドニー |
| 2027年10月16日 | オーストラリア対チリ | ブリスベン |
ワールドカップのプールステージでオーストラリアとニュージーランドが対戦するのは初めてです。
決勝はシドニー
準々決勝以降はシドニーとブリスベンが中心となり、準決勝、3位決定戦、11月13日の決勝はスタジアム・オーストラリア(Stadium Australia)で行われます。
オーストラリア旅行とラグビー観戦を組み合わせるなら、2027年は特に大きなチャンスです。
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オーストラリア出身の有名ラグビー選手に関するよくある質問(FAQ)
一人に決めるのは難しいですが、ワールドカップ2回優勝で1999年大会主将のジョン・イールズ、1991年大会のスターだったデイヴィッド・キャンピージは、史上最高候補として特によく名前が挙がります。
2回です。1991年大会と1999年大会で優勝しました。2003年と2015年には準優勝しています。
ジェームズ・スリッパーです。2026年9月時点で154テストに出場しており、ジョージ・グレーガンの139を上回ってオーストラリア歴代最多となっています。
2026年9月現在、通常の主将はナンバー8のハリー・ウィルソンです。試合によるローテーションでアラン・アラアラトアなどが主将を務める場合もあります。
プロではNRLのシドニー・ルースターズでラグビーリーグをプレーしていました。ただし学生時代にはラグビー・ユニオンでオーストラリアU18代表としてもプレーしており、2024年にユニオンへ復帰してワラビーズ入りしました。
セブンズではシャーロット・カスリックとマディソン・リーバイが特に有名です。カスリックは2016年リオ五輪金メダル、リーバイは世界トップクラスのトライ記録を持っています。
ジョージ・グレーガン、スティーブン・ラーカム、ジョージ・スミス、マット・ギタウ、クウェイド・クーパー、ウィル・ゲニア、バーナード・フォーリーなど、多くの代表選手が日本でプレーしてきました。
オーストラリアです。2027年10月1日から11月13日まで、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パース、アデレード、ニューカッスル、タウンズビルの7都市で開催されます。
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オーストラリアは、人口規模から考えると驚くほど多くの世界的俳優を輩出しています。ケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)、ヒュー・ジャックマン(Hugh Jackman)、マーゴット・ロビー(Margot Robbie)、クリス・ヘムズワース(Chris Hemsworth)など、ハリウッドの大作からアート系映画、舞台、テレビドラマまで幅広い分野で活躍する顔ぶれがそろっています。
アカデミー賞に目を向けても、ジェフリー・ラッシュ(Geoffrey Rush)、ヒース・レジャー(Heath Ledger)らが受賞。海外生まれながらシドニーで育ったニコール・キッドマン(Nicole Kidman)も、オーストラリアを代表する俳優として世界的なキャリアを築いてきました。
近年も勢いは続いています。2026年のアカデミー賞では、ブリスベン出身のジェイコブ・エロルディ(Jacob Elordi)が「フランケンシュタイン」で助演男優賞、シドニー出身のローズ・バーン(Rose Byrne)が「If I Had Legs I’d Kick You」で主演女優賞にノミネートされました。
オーストラリアの俳優が世界で活躍する背景には、映画やテレビだけでなく舞台を重視する文化、質の高い俳優養成機関、国内ドラマで若手を育てる環境などがあります。シドニーの国立演劇学院やメルボルンを中心とした舞台・映像文化は、海外へ羽ばたく俳優の重要な土台になっています。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する有名俳優を、出身地、代表作、受賞歴、現在の活動などとともに紹介します。最後には、旅行中にオーストラリア映画・映像文化に触れられるスポットや映画祭についてもまとめました。
なぜオーストラリア出身俳優は世界で活躍する?


オーストラリアでは、シドニー(Sydney)やメルボルン(Melbourne)を中心に舞台芸術の文化が根付いています。
映画スターになった後も舞台へ戻る俳優が珍しくなく、ケイト・ブランシェットやヒュー・ジャックマンのように映画と演劇の両方で評価される人が多いのも特徴です。
また、「ネイバーズ」「ホーム・アンド・アウェイ」といった長寿テレビドラマが若手の登竜門となり、国内で知名度を得た後に海外作品へ進むケースもあります。
AACTA(Australian Academy of Cinema and Television Arts)も、ケイト・ブランシェット、ヒュー・ジャックマン、ニコール・キッドマン、マーゴット・ロビー、クリス・ヘムズワースらを、世界で成功したオーストラリアの代表的スクリーン・スターとして挙げています。
代表的なオーストラリア俳優一覧
| 俳優 | 主な代表作 | 出身・ゆかり |
|---|---|---|
| ケイト・ブランシェット | ブルージャスミン、アビエイター | メルボルン |
| ニコール・キッドマン | めぐりあう時間たち、ムーラン・ルージュ | シドニー育ち |
| ジェフリー・ラッシュ | シャイン、英国王のスピーチ | トゥーンバ |
| ヒュー・ジャックマン | X-MEN、レ・ミゼラブル | シドニー |
| ヒース・レジャー | ダークナイト、ブロークバック・マウンテン | パース |
| マーゴット・ロビー | バービー、アイ,トーニャ | クイーンズランド |
| クリス・ヘムズワース | マイティ・ソー、アベンジャーズ | メルボルン |
| トニ・コレット | シックス・センス、ミュリエルの結婚 | シドニー |
| ローズ・バーン | ブライズメイズ、ダメージ | シドニー |
| サラ・スヌーク | メディア王、All Her Fault | アデレード |
| ジェイコブ・エロルディ | ユーフォリア、フランケンシュタイン | ブリスベン |
ケイト・ブランシェット
メルボルン出身のケイト・ブランシェットは、現在のオーストラリアを代表する国際派俳優です。
国立演劇学院で演技を学び、シドニーの舞台からキャリアをスタート。「エリザベス」で世界的に注目されました。
2005年に「アビエイター」でアカデミー助演女優賞、2014年に「ブルージャスミン」で主演女優賞を受賞し、アカデミー賞2度受賞を記録しています。
大作では「ロード・オブ・ザ・リング」「インディ・ジョーンズ」「マイティ・ソー バトルロイヤル」、アート系作品では「TÁR/ター」「キャロル」など、作品の規模を問わず幅広い役柄を演じています。
ニコール・キッドマン
ニコール・キッドマンはハワイ生まれですが、オーストラリア人の両親のもとに生まれ、幼少期からシドニーで育ったため、一般にオーストラリアを代表する俳優として扱われています。
若い頃はオーストラリア映画「BMXアドベンチャー」などに出演し、その後ハリウッドへ進出。「ムーラン・ルージュ」「アイズ ワイド シャット」「コールド マウンテン」などで世界的スターとなりました。
2003年、「めぐりあう時間たち」でバージニア・ウルフを演じ、アカデミー主演女優賞を受賞。同賞にはこれまで5回ノミネートされています。
近年は映画だけでなく「ビッグ・リトル・ライズ」などテレビドラマでも主演・製作を手掛けています。
ジェフリー・ラッシュ
クイーンズランド州トゥーンバ(Toowoomba)生まれのジェフリー・ラッシュは、舞台と映画の両方で評価されてきた名優です。
1996年公開のオーストラリア映画「シャイン」でピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットを演じ、翌1997年にアカデミー主演男優賞を受賞しました。
その後も「恋におちたシェイクスピア」「英国王のスピーチ」「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなどに出演。シリアスな作品から大作エンターテインメントまで自在に演じ分けています。
ヒュー・ジャックマン
シドニー出身のヒュー・ジャックマンは、「X-MEN」シリーズのウルヴァリン役で世界的スターとなりました。
一方でミュージカル俳優としての実力も高く、ブロードウェイの「The Boy from Oz」で2004年のトニー賞主演男優賞を受賞しています。
映画「レ・ミゼラブル」ではジャン・バルジャン役を演じ、2013年のアカデミー主演男優賞にノミネート。ゴールデングローブ賞では同役で主演男優賞を受賞しました。
「グレイテスト・ショーマン」など音楽映画でも人気が高く、アクション俳優と舞台俳優の両方の顔を持つことが大きな魅力です。
ヒース・レジャー
西オーストラリア州パース(Perth)出身のヒース・レジャーは、28歳で亡くなった後も高く評価され続けている俳優です。
オーストラリアのテレビ作品からキャリアを始め、「パトリオット」「チョコレート」「ブロークバック・マウンテン」などで演技派として評価を確立しました。
遺作の一つとなった「ダークナイト」のジョーカー役では、2009年のアカデミー助演男優賞を死後受賞。映画史に残る悪役の一つとして現在も語り継がれています。
マーゴット・ロビー
クイーンズランド州ダルビー(Dalby)生まれのマーゴット・ロビーは、現在のハリウッドで最も成功しているオーストラリア人俳優の一人です。
オーストラリアのドラマ「ネイバーズ」で知名度を上げ、2013年の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で世界的にブレイクしました。
「アイ,トーニャ」で2018年のアカデミー主演女優賞、「スキャンダル」で2020年の助演女優賞にノミネートされています。
俳優だけでなく、自身の製作会社ラッキーチャップ・エンターテインメント(LuckyChap Entertainment)を通じて映画製作にも力を入れています。「バービー」では主演とプロデュースの両方を担当し、2024年にはAACTAトレイルブレイザー賞を受賞しました。
クリス・ヘムズワース
メルボルン生まれのクリス・ヘムズワースは、マーベル・シネマティック・ユニバースのソー役で世界的な人気を獲得しました。
海外進出前にはオーストラリアの長寿ドラマ「ホーム・アンド・アウェイ」に出演。ハリウッド移籍後は「マイティ・ソー」「アベンジャーズ」シリーズのほか、「ラッシュ/プライドと友情」「タイラー・レイク」など幅広い作品に出演しています。
弟のリアム・ヘムズワースも俳優として活動しており、兄弟ともに世界的に知られています。
トニ・コレット
シドニー出身のトニ・コレットは、派手なスター性よりも役ごとにまったく違う人物に見える演技力で高く評価されてきました。
オーストラリア映画「ミュリエルの結婚」で広く知られるようになり、「シックス・センス」ではアカデミー助演女優賞にノミネートされました。
テレビドラマ「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」では2009年のエミー賞主演女優賞を受賞。「ヘレディタリー/継承」「ナイブズ・アウト」などでも強烈な存在感を見せています。
エリック・バナ
メルボルン出身のエリック・バナは、もともとコメディアンとしてテレビで人気を得た後、俳優へ本格転向しました。
オーストラリア映画「チョッパー」で凶悪犯マーク・リードを演じて評価され、「ブラックホーク・ダウン」「ハルク」「トロイ」「ミュンヘン」などのハリウッド大作に出演しました。
近年もオーストラリア作品への出演が多く、国内映画とハリウッド作品を行き来するタイプの俳優です。
ローズ・バーン
シドニー出身のローズ・バーンは、ドラマとコメディの両方をこなす俳優です。
テレビドラマ「ダメージ」で国際的に知られるようになり、「ブライズメイズ」「ネイバーズ」「SPY/スパイ」などのコメディ作品でも人気を集めました。
2026年には「If I Had Legs I’d Kick You」でアカデミー主演女優賞に初ノミネート。同年のBAFTA映画賞でも初ノミネートとなり、キャリアの新たな評価につながりました。
ジョエル・エドガートン
シドニー西部ブラックタウン(Blacktown)出身のジョエル・エドガートンは、俳優、脚本家、監督として活動しています。
「スター・ウォーズ」シリーズの若きオーウェン・ラーズ役、「アニマル・キングダム」「ウォーリアー」「華麗なるギャツビー」「ラビング」などで知られています。
監督・脚本を担当した「ザ・ギフト」でも高い評価を受け、オーストラリア映画「ザ・ストレンジャー」では主演を務めました。
ベン・メンデルソーン
メルボルン出身のベン・メンデルソーンは、長年オーストラリア映画界で活動した後、ハリウッドで存在感を高めた俳優です。
「君といた丘」で注目され、「アニマル・キングダム」「ダークナイト ライジング」「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」「レディ・プレイヤー1」などに出演しました。
Netflixドラマ「ブラッドライン」では2016年のエミー賞助演男優賞を受賞しています。
サイモン・ベイカー
タスマニア州ローンセストン(Launceston)生まれのサイモン・ベイカーは、テレビドラマ「メンタリスト」で世界的に知られています。
観察力に優れたパトリック・ジェーン役で人気を獲得し、同作ではエミー賞とゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネートされました。
映画では「L.A.コンフィデンシャル」「プラダを着た悪魔」「マージン・コール」などに出演しています。
サラ・スヌーク
南オーストラリア州アデレード(Adelaide)出身のサラ・スヌークは、テレビシリーズ「メディア王~華麗なる一族~」のシヴ・ロイ役で世界的な評価を得ました。
国立演劇学院を2008年に卒業し、オーストラリアの舞台・映像作品で経験を積んでから海外へ進出しました。
2023年シーズンのエミー賞でドラマ部門主演女優賞を受賞。2026年には「All Her Fault」でリミテッドシリーズ主演女優賞と製作総指揮者として作品賞の両方にノミネートされています。
舞台でも評価が高く、映画・テレビ・演劇を行き来するオーストラリア俳優らしいキャリアを築いています。
ジェイコブ・エロルディ
ブリスベン(Brisbane)生まれのジェイコブ・エロルディは、若い世代を代表するオーストラリア人俳優です。
Netflixの「キスから始まるものがたり」で注目され、HBOドラマ「ユーフォリア」、映画「プリシラ」「ソルトバーン」などで俳優としての評価を高めました。
ギレルモ・デル・トロ監督の「フランケンシュタイン」では怪物役を演じ、2026年のアカデミー助演男優賞にノミネート。2024年には「ソルトバーン」でBAFTA助演男優賞にもノミネートされています。
レベル・ウィルソン
シドニー出身のレベル・ウィルソンは、コメディを中心に世界的な知名度を得た俳優です。
オーストラリアのテレビ・舞台でキャリアを始め、「ブライズメイズ」への出演をきっかけにハリウッドで注目されました。
「ピッチ・パーフェクト」シリーズのファット・エイミー役で人気を確立し、「ジョジョ・ラビット」「ロマンティックじゃない?」などにも出演しています。
デヴィッド・ガルピリル
デヴィッド・ガルピリル(David Gulpilil)は、オーストラリア先住民映画史を語るうえで欠かせない俳優、ダンサー、ストーリーテラーです。
1971年の「美しき冒険旅行」をはじめ、「ストーム・ボーイ」「クロコダイル・ダンディー」「裸足になって」「チャーリーズ・カントリー」など、約50年にわたりオーストラリア映画に出演しました。
国立映像音声資料館は、彼がオーストラリア映画における先住民表現を大きく変えた存在と評価しています。
2021年に死去しましたが、オーストラリア映画史に残した影響は非常に大きなものです。
歴史を作った俳優
エロール・フリン
エロール・フリン(Errol Flynn)は、タスマニア州ホバート(Hobart)生まれ。1930年代のハリウッドで「海賊ブラッド」「ロビンフッドの冒険」などの剣戟映画に主演し、オーストラリア出身スターの世界進出を早い時代に実現しました。
ピーター・フィンチ
ピーター・フィンチ(Peter Finch)は英国生まれですが、少年期からオーストラリアで暮らし、シドニーの舞台・ラジオで俳優としての基礎を築きました。
映画「ネットワーク」で1977年のアカデミー主演男優賞を受賞。演技部門で史上初めて死後にアカデミー賞を受賞した俳優となりました。
ジュディ・デイヴィス
ジュディ・デイヴィス(Judy Davis)は、パース出身の演技派俳優です。
「インドへの道」でアカデミー主演女優賞、「夫たち、妻たち」で助演女優賞にノミネートされ、舞台やテレビでも長く高い評価を受けています。
海外生まれの「オーストラリア俳優」
「オーストラリア出身の俳優」という表現には、実際には海外で生まれ、幼少期や10代からオーストラリアで育った人も含まれることがあります。
| 俳優 | 出生地 | オーストラリアとの関係 |
|---|---|---|
| ニコール・キッドマン | ホノルル | オーストラリア人の両親を持ち、シドニーで成長 |
| ガイ・ピアース(Guy Pearce) | 英国 | 幼少期にヴィクトリア州へ移住 |
| ナオミ・ワッツ(Naomi Watts) | 英国 | 10代でオーストラリアへ移住し、現地で俳優活動を開始 |
| アイラ・フィッシャー(Isla Fisher) | オマーン | 幼少期にパースへ移住 |
| ヒューゴ・ウィーヴィング(Hugo Weaving) | ナイジェリア | 青年期からオーストラリアで暮らし、国立演劇学院を卒業 |
そのため、海外メディアやAACTAで「Australian actor」と紹介されていても、出生地がオーストラリアとは限りません。本記事では、その違いが分かるように記載しています。
NIDAなど俳優を育てる環境
オーストラリアの俳優育成で最も有名な学校の一つが、シドニーにある国立演劇学院(National Institute of Dramatic Art=NIDA)です。
1958年創立で、卒業生にはケイト・ブランシェット、ヒューゴ・ウィーヴィング、サム・ワーシントン(Sam Worthington)、エッシー・デイヴィス(Essie Davis)、ミランダ・オットー(Miranda Otto)らがいます。サラ・スヌークも2008年の演技科卒業生です。
ヒュー・ジャックマンのように西オーストラリア州で専門的な舞台教育を受けた俳優もおり、各州に演劇学校、大学、劇団が存在します。
こうした環境に加え、シドニー・シアター・カンパニーやメルボルン・シアター・カンパニーなどプロ劇団で経験を積めることも、演技力の厚みにつながっています。
旅行で映画文化に触れるなら
ACMI
メルボルンのフェデレーション・スクエア(Federation Square)にあるACMI(Australian Centre for the Moving Image)は、映画、テレビ、ゲーム、デジタル文化を扱う映像文化の博物館です。
常設展示の基本入場は無料。2026年9月現在、博物館部分は毎日10:00~17:00に開館しています。オーストラリア映画を含む映像文化をまとめて知りたい旅行者には最も訪れやすい施設の一つです。
シドニー映画祭
シドニー映画祭(Sydney Film Festival)は毎年6月ごろ開催され、ステート・シアター(State Theatre)を中心に国内外の新作、オーストラリア映画、レッドカーペット上映などが行われます。
2026年は6月3~14日に第73回が開催され、200本を超える作品が上映されました。
メルボルン国際映画祭
メルボルン国際映画祭(Melbourne International Film Festival=MIFF)は南半球を代表する映画祭の一つです。2026年は8月6~23日に開催されました。
映画好きなら、旅行日程と映画祭の時期が重なるか確認しておくと、オーストラリアの俳優や映画制作者を身近に感じられる機会があります。
オーストラリア出身の有名俳優に関するよくある質問(FAQ)
世界的な知名度では、ケイト・ブランシェット、ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン、マーゴット・ロビー、クリス・ヘムズワースなどが代表的です。
代表例として、ケイト・ブランシェット、ニコール・キッドマン、ジェフリー・ラッシュ、ヒース・レジャーがいます。またオーストラリアで俳優として育ったピーター・フィンチも主演男優賞を受賞しています。
いいえ。アメリカ・ハワイ生まれです。ただし両親はオーストラリア人で、幼少期からシドニーで育ち、俳優としてのキャリアもオーストラリアで始めました。
西オーストラリア州パース出身です。「ダークナイト」のジョーカー役で、2009年にアカデミー助演男優賞を死後受賞しました。
ジェイコブ・エロルディが代表的です。2026年には「フランケンシュタイン」でアカデミー助演男優賞にノミネートされました。
シドニーの国立演劇学院が特に有名です。ケイト・ブランシェット、ヒューゴ・ウィーヴィング、サム・ワーシントンなど、多くの世界的俳優を輩出しています。
メルボルンのACMIがおすすめです。映画、テレビ、ゲームなどの映像文化を扱う博物館で、基本入場は無料です。シドニー映画祭やメルボルン国際映画祭の時期に旅行するのもよいでしょう。
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オーストラリアは、世界のロック史に大きな足跡を残してきた国です。AC/DC、INXS、ミッドナイト・オイル、コールド・チゼルといった大物から、シルバーチェア、パウダーフィンガー、ジェット、ウルフマザーなど1990~2000年代を代表するバンドまで、世代ごとに個性的なグループを輩出してきました。
その背景には、シドニー(Sydney)、メルボルン(Melbourne)、アデレード(Adelaide)、ブリスベン(Brisbane)など各都市に根付いたライブハウス、パブ、大学、地域ラジオの文化があります。特に1970~80年代には、ライブ演奏を重ねて実力を磨く「パブ・ロック」文化が発展し、世界で通用する骨太なバンドを数多く生みました。
ジャンルもハードロックだけではありません。ニューウェーブ、パンク、オルタナティブ、ガレージロック、サイケデリック、ロカビリーなど幅広く、同じ「オーストラリアン・ロック」でもサウンドは大きく異なります。
2026年現在も、AC/DCは世界規模のPWR UPツアーを継続し、ウルフマザーやザ・リヴィング・エンドなどもライブ活動を行っています。一方、INXS、ミッドナイト・オイル、シルバーチェア、パウダーフィンガーのように、現在は通常のバンド活動を行っていないグループもあります。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する有名ロックバンドを、結成地、代表曲、世界での評価、現在の活動状況とともに紹介します。最後には、メルボルンでオーストラリアン・ロックの歴史に触れられるスポットもまとめました。
オーストラリアン・ロックの特徴


1970年代以降のオーストラリアでは、都市部だけでなく郊外にもライブ演奏を行うパブが多く、バンドは長時間のステージを何度もこなしながらファンを増やしていきました。
AC/DC、コールド・チゼル、ジ・エンジェルズなどは、その代表的な存在です。レコード会社に発掘される前からライブで評判を作り、国内をツアーしながら観客を広げました。
1980年代になるとINXSやミッドナイト・オイルがMTV時代に海外へ進出し、1990年代にはシルバーチェアやパウダーフィンガー、2000年代にはジェットやウルフマザーが世界市場で成功しました。
代表的なロックバンド一覧
| バンド | 結成地 | 代表曲 |
|---|---|---|
| AC/DC | シドニー | Back in Black、Highway to Hell |
| INXS | シドニー | Need You Tonight、Never Tear Us Apart |
| ミッドナイト・オイル | シドニー | Beds Are Burning、Blue Sky Mine |
| コールド・チゼル | アデレード | Khe Sanh、Flame Trees |
| メン・アット・ワーク | メルボルン | Down Under、Who Can It Be Now? |
| クラウデッド・ハウス | メルボルン | Don’t Dream It’s Over、Better Be Home Soon |
| シルバーチェア | ニューカッスル | Tomorrow、Straight Lines |
| パウダーフィンガー | ブリスベン | My Happiness、These Days |
| ジェット | メルボルン | Are You Gonna Be My Girl、Cold Hard Bitch |
| ウルフマザー | シドニー | Woman、Joker and the Thief |
イージービーツ
イージービーツ(The Easybeats)は、1964年にシドニーで結成されたオーストラリア初期の国際的ロックバンドです。
1966年の「Friday on My Mind」が英国をはじめ海外でヒットし、後に続くオーストラリア人アーティストの海外進出に大きな道を開きました。
ギタリストのジョージ・ヤングは、後にAC/DCを結成するマルコム・ヤングとアンガス・ヤングの兄です。ジョージ・ヤングとハリー・ヴァンダは、初期AC/DCのプロデュースにも関わりました。
2005年にARIA殿堂入りしています。
AC/DC
AC/DC(エーシー・ディーシー)は、1973年にシドニーで結成された、オーストラリアを代表する世界的ハードロックバンドです。
1973年12月31日にシドニーのチェッカーズ(Chequers)で最初の公式ライブを行い、その後、ボン・スコットをボーカルに迎えて国内外で人気を拡大しました。
1980年、ボン・スコットの死後にブライアン・ジョンソンを迎えて制作した「Back in Black」は、世界累計5,000万枚以上とされ、バンドによるアルバムとして世界最大級のセールスを記録しています。
代表曲は「Highway to Hell」「Back in Black」「You Shook Me All Night Long」「Thunderstruck」など。2003年にロックの殿堂入り、ARIA殿堂には1988年に選ばれています。
2026年9月現在もPWR UPツアーを続けており、スタジアム級の会場を回る現役バンドです。
コールド・チゼル
コールド・チゼル(Cold Chisel)は、1973年にアデレードで結成されたオーストラリアを代表するパブ・ロックバンドです。
ジミー・バーンズの強烈なボーカルと、ドン・ウォーカーによるオーストラリア社会を描いた歌詞で国民的人気を獲得しました。
「Khe Sanh」「Flame Trees」「Cheap Wine」「Bow River」などは、現在もオーストラリアのパブやラジオで頻繁に耳にする定番曲です。
1983年に一度解散しましたが、その後何度も再結成。2024年には結成50周年の「The Big Five-0」ツアーを行い、オーストラリア公演だけで約22万5,000人を動員しました。
INXS
INXS(インエクセス)は、1977年にシドニー北部のノーザン・ビーチ(Northern Beaches)で活動を始めたロックバンドです。
マイケル・ハッチェンスのカリスマ性のあるボーカルと、ロック、ファンク、ダンス音楽を融合したサウンドで1980年代後半から世界的なスターになりました。
公式サイトによると世界累計セールスは7,000万枚以上。1991年にはロンドンのウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)で7万4,000人を前に公演しました。
代表曲は「Need You Tonight」「New Sensation」「Never Tear Us Apart」「Original Sin」「Don’t Change」など。アルバム「Kick」はオーストラリアン・ロックを代表する一枚です。
マイケル・ハッチェンスは1997年に死去。その後も別ボーカルを迎えて活動しましたが、現在は通常のライブ・バンドとしての活動を行っていません。
ミッドナイト・オイル
ミッドナイト・オイル(Midnight Oil)は、シドニーを拠点に活動したオーストラリアを代表する社会派ロックバンドです。
ボーカルのピーター・ギャレットは、環境問題、先住民の権利、核軍縮などを強く訴える歌詞とライブ活動で知られ、後にオーストラリア連邦議会議員・閣僚も務めました。
1987年の「Diesel and Dust」から生まれた「Beds Are Burning」は世界的ヒットとなり、オーストラリア先住民の土地権を国際的な聴衆へ伝えました。
2022年の「Resist: The Final Tour」を最後のコンサート・ツアーと位置付けており、現在は通常のツアー活動を行っていません。
メン・アット・ワーク
メン・アット・ワーク(Men at Work)は、1970年代末にメルボルンで結成され、1980年代前半に世界を席巻しました。
「Down Under」「Who Can It Be Now?」を収録したデビューアルバム「Business as Usual」は海外でも大ヒット。1983年にはグラミー賞最優秀新人賞を受賞しています。
「Down Under」はオーストラリア文化を象徴する曲の一つとして定着し、スポーツイベントなどでもよく使われます。
クラシック・ラインアップは長く続きませんでしたが、中心人物のコリン・ヘイはその後もソロで活動しています。
リトル・リバー・バンド
リトル・リバー・バンド(Little River Band)は、1975年にメルボルンで結成されたソフトロック/ロックバンドです。
オーストラリア国内だけでなくアメリカで非常に大きな成功を収め、「Reminiscing」「Lonesome Loser」「Help Is on Its Way」「Cool Change」などがヒットしました。
初期メンバーにはグレン・ショロック、グラハム・ゴーブル、ビーブ・バートルズらが在籍。2004年にARIA殿堂入りしています。
現在も「Little River Band」の名称で活動するグループがありますが、オリジナル期とはメンバー構成が大きく異なります。
クラウデッド・ハウス
クラウデッド・ハウス(Crowded House)は、1985年にメルボルンで結成されたオーストラリア/ニュージーランドを代表するロックバンドです。
ニュージーランド出身のニール・フィンと、オーストラリア人ベーシストのニック・シーモアらを中心に結成されたため、両国にとって重要な「トランス・タスマン」のバンドとして扱われています。
代表曲は「Don’t Dream It’s Over」「Better Be Home Soon」「Something So Strong」「Weather With You」など。1987年の第1回ARIA賞でBest New Talent、Song of the Yearなどを受賞し、2016年にARIA殿堂入りしました。
現在も活動中で、2024年にはアルバム「Gravity Stairs」を発表。2026年には結成40周年を記念した再発企画も行われています。
ザ・セインツ
ザ・セインツ(The Saints)は、1973年にブリスベンで結成されたパンクロックの先駆者です。
1976年に自主制作した「(I’m) Stranded」は、イギリスやアメリカのパンク・ムーブメントとほぼ同時期に登場し、世界のパンク史でも重要な作品と評価されています。
英国へ渡って活動した後はメンバーが分かれ、ギタリストのエド・クーパーとボーカルのクリス・ベイリーはそれぞれ異なる音楽活動を続けました。
2001年にARIA殿堂入りしています。
ジ・エンジェルズ
ジ・エンジェルズ(The Angels)は、1974年にアデレードで結成されたハードロック/パブ・ロックバンドです。
代表曲「Am I Ever Gonna See Your Face Again」は、ライブで観客が決まった掛け声を返すことで知られ、オーストラリアのロック文化を象徴する一曲です。
「No Secrets」「Take a Long Line」なども定番。ドク・ニーソンの死後もバンドは活動を続け、2023年からニック・ノートンをボーカルに迎えています。
1998年にARIA殿堂入りしました。
ディヴァイナルズ
ディヴァイナルズ(Divinyls)は、1980年にシドニーで結成されたロックバンドです。
最大の魅力は、クリッシー・アンフレットの強烈なステージ・パフォーマンスと個性的な歌声でした。
1990年の「I Touch Myself」はオーストラリアで1位、アメリカでもトップ10入りする世界的ヒットとなりました。「Boys in Town」「Pleasure and Pain」なども代表曲です。
クリッシー・アンフレットは2013年に死去。2006年にARIA殿堂入りしています。
フードゥー・グルズ
フードゥー・グルズ(Hoodoo Gurus)は、1981年にシドニーで結成されたガレージロック/パワーポップ系バンドです。
「What’s My Scene?」「Like Wow – Wipeout!」「Bittersweet」など、覚えやすいメロディーとギターサウンドで国内外に熱心なファンを持ちます。
アメリカのカレッジ・ロック/オルタナティブ・シーンでも評価が高く、2007年にARIA殿堂入り。現在もライブ活動を続けています。
ザ・チャーチ
ザ・チャーチ(The Church)は、1980年にシドニーで結成されたロックバンドです。
サイケデリック、ニューウェーブ、ドリームポップ的なギターサウンドを特徴とし、1988年の「Under the Milky Way」で世界的に知られるようになりました。
同曲は1989年のARIA賞でSingle of the Yearを受賞。2010年にARIA殿堂入りしました。
中心人物スティーブ・キルビーを軸に現在も活動しており、オーストラリアン・ロックの中でも特に長寿なバンドの一つです。
シルバーチェア
シルバーチェア(Silverchair)は、ニューサウスウェールズ州ニューカッスル(Newcastle)で結成された3人組です。
メンバーがまだ10代だった1994年、「Tomorrow」が音楽コンテストで注目され、一気にスターとなりました。翌年のデビューアルバム「Frogstomp」は海外でも大ヒットしました。
グランジ色の強い初期から、後期にはオーケストレーションやポップを取り入れた「Diorama」「Young Modern」へ音楽性を大きく変化させました。
キャリアを通じてARIA賞21回受賞という記録を持ちます。2011年に「indefinite hibernation(無期限休止)」を発表し、2026年現在も再結成していません。
パウダーフィンガー
パウダーフィンガー(Powderfinger)は、1989年にブリスベンで結成されたオルタナティブ/ロックバンドです。
「My Happiness」「These Days」「On My Mind」「Sunsets」など、メロディーの美しさとバーナード・ファニングの歌声で1990年代後半から2000年代に国民的人気を獲得しました。
公式バイオによると、5作連続のアルバム1位、ARIA賞18回、アルバム売上250万枚以上を記録しています。
2010年の「Sunsets」ツアーを最後に解散。現在、メンバーはそれぞれ別の活動をしています。
ジェット
ジェット(Jet)は、メルボルンで結成されたガレージロック・バンドです。
2003年のデビューアルバム「Get Born」と「Are You Gonna Be My Girl」が世界的に大ヒットし、21世紀初頭のロック・リバイバルを代表する存在になりました。
「Get Born」は世界で500万枚以上を売り、2004年にはARIA賞を6部門受賞。2023年にARIA殿堂入りしました。
2012年に一度活動を停止しましたが、その後再結成し、ライブ活動を再開しています。
ウルフマザー
ウルフマザー(Wolfmother)は、2000年代前半にシドニーで結成されたハードロック/サイケデリック・ロックバンドです。
レッド・ツェッペリンやブラック・サバスを思わせる1970年代的な重いサウンドで海外でも人気を獲得しました。
代表曲「Woman」は2007年のグラミー賞でBest Hard Rock Performanceを受賞。「Joker and the Thief」も映画、テレビ、スポーツ中継などで広く使われています。
アンドリュー・ストックデイルを中心に現在も活動中で、2026年の海外フェスティバル出演予定も発表されています。
ザ・リヴィング・エンド
ザ・リヴィング・エンド(The Living End)は、メルボルンで結成されたパンク/ロカビリー系ロックバンドです。
ギター、ウッドベース、ドラムという特徴的な編成で、「Prisoner of Society」「Second Solution」「White Noise」などをヒットさせました。
1998年のデビューアルバムはオーストラリアで4倍プラチナを記録し、アルバムチャート1位。長年にわたり国内屈指のライブバンドとして評価されています。
2026年6月にARIA殿堂入り。近年も新作発表と全国ツアーを続けています。
スパイダーベイト
スパイダーベイト(Spiderbait)は、ニューサウスウェールズ州フィンリー(Finley)出身の3人組ロックバンドです。
1990年代のオルタナティブ・ロック・シーンで人気を集め、「Buy Me a Pony」「Calypso」などがヒット。2004年にはカバー曲「Black Betty」でオーストラリアのシングルチャート1位を獲得しました。
同じ3人で長く活動を続けている点も特徴で、2026年6月にはザ・リヴィング・エンドとともにARIA殿堂入りしました。
そのほか知っておきたいバンド
ユー・アム・アイ
ユー・アム・アイ(You Am I)は、1980年代末にシドニーで結成。ティム・ロジャースを中心に、1990年代以降のオーストラリアン・ロックへ大きな影響を与えました。ARIA賞10回受賞、2025年にARIA殿堂入りしています。
ローズ・タトゥー
ローズ・タトゥー(Rose Tattoo)は、1970年代後半から活躍したハードロック/ブルースロック・バンド。荒々しいスライドギターとパブ・ロックらしいサウンドで、海外のハードロック勢にも影響を与えました。
レディオ・バードマン
レディオ・バードマン(Radio Birdman)は、1974年にシドニーで結成。独立精神の強いパンク/ガレージロックで、その後のオーストラリアのオルタナティブ・シーンへ大きな影響を与えました。
オーストラリアン・クロール
オーストラリアン・クロール(Australian Crawl)は、1970年代末から1980年代に人気を集めたメルボルン系ロックバンド。「The Boys Light Up」「Reckless」などは現在も豪州ロックの定番です。
2026年現在も活動しているバンドは?
| バンド | 2026年の状況 |
|---|---|
| AC/DC | PWR UPワールドツアー継続中 |
| クラウデッド・ハウス | 活動中。新曲制作・40周年企画も進行 |
| ウルフマザー | 活動中。海外公演あり |
| ザ・リヴィング・エンド | 活動中。新作・ツアーを継続 |
| スパイダーベイト | 活動中 |
| フードゥー・グルズ | 活動中 |
| ザ・チャーチ | 活動中 |
| ジ・エンジェルズ | 新ボーカル体制で活動 |
| ジェット | 再結成後にライブ活動 |
| コールド・チゼル | 再結成公演を行うが常時ツアーではない |
| INXS | 通常のライブ活動は停止 |
| ミッドナイト・オイル | 2022年に最後のコンサート・ツアー |
| シルバーチェア | 2011年から無期限休止 |
| パウダーフィンガー | 2010年解散 |
旅行で訪ねたい音楽スポット
AC/DCレーン
メルボルンCBDには、バンドにちなんで名付けられたAC/DCレーン(AC/DC Lane)があります。
路地にはAC/DCやロック音楽をテーマにしたストリートアートがあり、ボン・スコットの立体作品やマルコム・ヤングの壁画などを見ることができます。
近くのスワンストン・ストリート(Swanston Street)は、1976年に「It’s a Long Way to the Top」の有名な映像を撮影した場所としても知られています。
オーストラリアン・ミュージック・ヴォルト
アーツ・センター・メルボルン(Arts Centre Melbourne)内のオーストラリアン・ミュージック・ヴォルト(Australian Music Vault)は、オーストラリア現代音楽の歴史を紹介する無料展示です。
ARIA殿堂関連の展示、衣装、楽器、写真、映像などを通じて、AC/DC、INXS、ディヴァイナルズをはじめとするオーストラリア音楽の歴史に触れられます。
2026年9月現在、入場無料で通常10:00~17:00に開館しています。
日本との関わり
オーストラリアのロックバンドは、日本でも長年ライブやフェスティバルを行ってきました。
代表的なのがAC/DCで、1982年には日本武道館(Nippon Budokan)を含む日本ツアーを行い、2010年のBlack Iceツアーでもさいたまスーパーアリーナ(Saitama Super Arena)で公演しています。
ジェット、ウルフマザー、シルバーチェアなど2000年代のバンドも、日本の洋楽ファンやロックフェスティバルを通じて広く知られるようになりました。
オーストラリア旅行の前に、訪れる都市で生まれたバンドを聴いておくと、その街のパブやライブハウス文化をより身近に感じられるでしょう。
オーストラリア出身のロックバンドに関するよくある質問(FAQ)
世界的な知名度とセールスではAC/DCが代表的です。INXS、ミッドナイト・オイル、クラウデッド・ハウスなども海外で大きな成功を収めています。
はい。メンバーには英国生まれの人物もいますが、バンドは1973年にシドニーで結成され、オーストラリアを代表するロックバンドとして活動を始めました。
現在は通常のライブ・バンドとしての活動を行っていません。マイケル・ハッチェンス死後も別ボーカルで活動した時期がありますが、現在は音源再発などを中心にその歴史が紹介されています。
1985年にメルボルンで結成されたバンドです。ただしニール・フィンなどニュージーランド出身メンバーも多く、オーストラリアとニュージーランド双方を代表するトランス・タスマン・バンドとして扱われています。
ザ・セインツとレディオ・バードマンが特に重要です。1970年代半ばに、英国や米国のパンク・ムーブメントとほぼ同時期に独自のシーンを作りました。
シルバーチェア、パウダーフィンガー、ジェット、ウルフマザー、ザ・リヴィング・エンドなどが代表的です。
AC/DCレーンと、アーツ・センター・メルボルン内のオーストラリアン・ミュージック・ヴォルトがおすすめです。後者は入場無料で、オーストラリア音楽の歴史をまとめて見ることができます。
オーストラリアの旅行手配
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ゴルフ大国として知られるオーストラリアは、世界のメジャー大会で数多くの名選手を輩出してきました。男子ではピーター・トムソンやグレッグ・ノーマン、アダム・スコット、ジェイソン・デイ、キャメロン・スミス、女子ではカリー・ウェブ、ミンジー・リー、ハンナ・グリーンなど、日本でもよく知られた名前が並びます。
オーストラリア人選手の強さを語るうえで欠かせないのが、メルボルン(Melbourne)のサンドベルト(Sandbelt)をはじめとする質の高いゴルフ環境です。硬く速いフェアウェイ、戦略性の高いバンカー、風への対応が求められるコースで育った選手は、全英オープンなどリンクス系コースでも強さを発揮してきました。
2026年9月現在、歴代のオーストラリア男子では12人がメジャー優勝を経験し、女子でもカリー・ウェブ、ジャン・スティーブンソン、ハンナ・グリーン、ミンジー・リー、グレース・キムの5人がメジャーチャンピオンになっています。
さらに現在も、アダム・スコット、ジェイソン・デイ、ミンウー・リー、ミンジー・リー、ハンナ・グリーンらが世界のトップツアーで活躍しています。2025年にはミンジー・リーとグレース・キムが同じシーズンに女子メジャーを制し、オーストラリア女子ゴルフの層の厚さを改めて印象付けました。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアを代表する歴代・現役ゴルファーを、主な実績、出身地、プレースタイル、日本との関わりなどとともに紹介します。オーストラリア旅行中にプロトーナメントを観戦したい人向けに、主要大会についても最後にまとめています。
オーストラリアのゴルファーはなぜ強い?


オーストラリアには、ロイヤル・メルボルン・ゴルフクラブ(Royal Melbourne Golf Club)、キングストン・ヒース・ゴルフクラブ(Kingston Heath Golf Club)、ビクトリア・ゴルフクラブ(Victoria Golf Club)など、世界的に評価されるコースが数多くあります。
特にメルボルン南東部のサンドベルトは、硬い地面を使ったランニング・アプローチ、風への対応、深いバンカーを避けるコースマネジメントを自然に身につけられる地域です。
オーストラリア出身のメジャー王者
| 選手 | 主なメジャー優勝 |
|---|---|
| ピーター・トムソン | 全英オープン5勝 |
| グレッグ・ノーマン | 全英オープン2勝 |
| デビッド・グラハム | PGA選手権、全米オープン |
| ケル・ネーグル | 全英オープン |
| イアン・ベーカーフィンチ | 全英オープン |
| スティーブ・エルキントン | PGA選手権 |
| ジェフ・オギルビー | 全米オープン |
| アダム・スコット | マスターズ |
| ジェイソン・デイ | PGA選手権 |
| キャメロン・スミス | 全英オープン |
| カリー・ウェブ | 女子メジャー7勝 |
| ジャン・スティーブンソン | 女子メジャー3勝 |
| ミンジー・リー | 女子メジャー3勝 |
| ハンナ・グリーン | KPMG女子PGA選手権 |
| グレース・キム | アムンディ・エビアン選手権 |
このほか、ジム・フェリアー、ウェイン・グレイディも男子メジャー王者です。
ピーター・トムソン
ピーター・トムソン(Peter Thomson)は、オーストラリアゴルフ史を代表する存在です。メルボルン出身で、1954、1955、1956、1958、1965年に全英オープンを制し、通算5勝を記録しました。
20世紀に全英オープン3連覇を達成した唯一の選手です。飛距離で圧倒するより、低い弾道、ランニング・アプローチ、風を読む能力に優れ、英国のリンクスで抜群の強さを発揮しました。
プロ通算84勝を挙げ、アジアや日本でも数多くプレー。競技引退後はゴルフ場設計にも携わり、世界各地で100以上のコースに関わりました。
ケル・ネーグル
ケル・ネーグル(Kel Nagle)は、ノース・シドニー(North Sydney)出身の名手です。
1960年、セント・アンドリュース(St Andrews)で行われた第100回全英オープンを制覇。絶頂期だったアーノルド・パーマーを1打差で退けました。
飛距離より正確性を重視し、アプローチとパッティングでスコアを作るタイプで、1949年から1975年まで毎年少なくとも1大会で優勝した安定感でも知られています。
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デビッド・グラハム
デビッド・グラハム(David Graham)は、ニューサウスウェールズ州ウィンザー(Windsor)生まれで、メルボルンでゴルフを学びました。
1979年PGA選手権と1981年全米オープンを制し、異なる2つの男子メジャーを勝ったオーストラリアを代表する国際派です。
世界6大陸で優勝し、2015年には世界ゴルフ殿堂入り。日本でもJALオープン、中日クラウンズ、ロレックス・ジャパンなどで優勝しています。
グレッグ・ノーマン
グレッグ・ノーマン(Greg Norman)は、オーストラリア出身ゴルファーの中で世界的な知名度が最も高い一人です。
クイーンズランド州マウント・アイザ(Mount Isa)生まれ。「グレート・ホワイト・シャーク」の愛称で知られ、世界ランキング1位には通算331週在位しました。
1986年と1993年に全英オープンを制覇し、世界各地で69勝。豪快なドライバーショットと攻撃的なプレースタイルで、1980~90年代の世界ゴルフを象徴する存在になりました。
イアン・ベーカーフィンチ
イアン・ベーカーフィンチ(Ian Baker-Finch)は、クイーンズランド州ナンボー(Nambour)出身。
1991年の全英オープンで、ロイヤル・バークデール(Royal Birkdale)の週末に64、66を記録して優勝しました。
競技生活の後半はスイングに苦しみましたが、引退後はテレビ解説者として長く活躍し、アメリカのゴルフ中継でもおなじみの存在です。
スティーブ・エルキントン
スティーブ・エルキントン(Steve Elkington)は、ニューサウスウェールズ州インベレル(Inverell)出身。
1995年PGA選手権を制し、PGAツアーでは計10勝。滑らかで美しいスイングの持ち主として知られ、スイング理論やクラブへのこだわりでもゴルフファンに人気があります。
ジェフ・オギルビー
ジェフ・オギルビー(Geoff Ogilvy)は、アデレード(Adelaide)生まれで、メルボルンのサンドベルトで育ったゴルファーです。
2006年の全米オープンをウィングド・フット(Winged Foot)で制覇。最終盤でパーを重ね、フィル・ミケルソンらを1打差で退けました。
戦略的なゴルフへの造詣が深く、現在はコース設計家としても活動。2026年9月にはプレジデンツカップ(Presidents Cup)のインターナショナル・チーム主将を務めます。
アダム・スコット
アダム・スコット(Adam Scott)は、アデレード出身。オーストラリア男子ゴルフを長年けん引してきた現役スターです。
2013年のマスターズでアンヘル・カブレラとのプレーオフを制し、オーストラリア人として初めてマスターズ優勝を果たしました。
PGAツアー通算14勝。2026年もPGAツアーでプレーを続け、40代半ばになっても世界のトップレベルで戦っています。
ジェイソン・デイ
ジェイソン・デイ(Jason Day)は、クイーンズランド州ビーデザート(Beaudesert)出身。
2015年PGA選手権でジョーダン・スピースを3打差で破り、通算20アンダーで初メジャー制覇。当時、メジャー史上初の20アンダーでした。
同年には世界ランキング1位にも到達。PGAツアーでは2026年9月時点で通算13勝を記録しています。
キャメロン・スミス
キャメロン・スミス(Cameron Smith)は、ブリスベン(Brisbane)出身。トレードマークのマレット・ヘアと世界最高クラスのショートゲームで知られます。
2022年、セント・アンドリュースで行われた第150回全英オープンを優勝。最終日に64をマークし、通算20アンダーで逆転しました。
オーストラリア人の全英オープン優勝は1993年のグレッグ・ノーマン以来29年ぶり。現在はLIVゴルフ(LIV Golf)のリッパーGC(Ripper GC)でキャプテンを務めています。
ミンウー・リー
ミンウー・リー(Min Woo Lee)は、西オーストラリア州パース(Perth)出身の現役スターです。
姉は女子メジャー3勝のミンジー・リー。2021年スコティッシュ・オープン、2023年オーストラリアPGA選手権などを制し、2025年にはテキサス・チルドレンズ・ヒューストン・オープンでPGAツアー初優勝を果たしました。
2026年も上位争いを続け、7月のスコティッシュ・オープンでは2位。オーストラリア男子の次世代を代表する存在です。
ジャン・スティーブンソン
ジャン・スティーブンソン(Jan Stephenson)は、シドニー(Sydney)出身の女子ゴルフ界の先駆者です。
LPGAツアー16勝、メジャー3勝。1981年デュ・モーリエ・クラシック、1982年LPGA選手権、1983年全米女子オープンを制しました。
1970~80年代の女子ゴルフ人気拡大に貢献し、2019年に世界ゴルフ殿堂入り。1981年には日本で行われたワールド・レディス・ゴルフ・トーナメントでも優勝しています。
カリー・ウェブ
カリー・ウェブ(Karrie Webb)は、クイーンズランド州エア(Ayr)出身。オーストラリア女子ゴルフ史上最高の選手の一人です。
LPGAツアー41勝、メジャー7勝。2000、2001年の全米女子オープン連覇を含め、女子ゴルフ界で一時代を築きました。
2005年、当時史上最年少の30歳で世界ゴルフ殿堂入り。日本でもツアー優勝経験があり、現在は若手女子選手の育成にも力を入れています。
ミンジー・リー
ミンジー・リー(Minjee Lee)は、パース出身。2020年代のオーストラリア女子ゴルフを代表する存在です。
2021年アムンディ・エビアン選手権、2022年全米女子オープン、2025年KPMG女子PGA選手権を制し、メジャー3勝を達成しました。
2026年シーズン開始時点でLPGAツアー11勝。弟のミンウー・リーとともにオリンピックにも出場しています。
ハンナ・グリーン
ハンナ・グリーン(Hannah Green)は、パース出身。
2019年KPMG女子PGA選手権で初優勝し、その勝利がLPGAツアー初優勝でもありました。
2024年には年間3勝を挙げ、さらに2026年にも2勝。2026年のKPMG女子PGA選手権時点でLPGAツアー通算8勝となっています。
グレース・キム
グレース・キム(Grace Kim)は、シドニー出身の若手メジャーチャンピオンです。
2023年LOTTE選手権でLPGAツアー初優勝。2025年にはアムンディ・エビアン選手権でジーノ・ティティクルとのプレーオフを制し、初のメジャータイトルを獲得しました。
最終18番でイーグルを奪ってプレーオフへ持ち込み、そのプレーオフでも劇的なショットを続けた優勝は2025年女子ゴルフの名場面の一つです。
その他の有名選手
ジム・フェリアー
ジム・フェリアー(Jim Ferrier)は1947年PGA選手権優勝。オーストラリア生まれの初期の男子メジャー王者です。
ウェイン・グレイディ
ウェイン・グレイディ(Wayne Grady)は1990年PGA選手権優勝。1989年全英オープンでもプレーオフに進みました。
マーク・リーシュマン
マーク・リーシュマン(Marc Leishman)はメジャー王者ではありませんが、2015年全英オープンで3人のプレーオフに進出。現在はキャメロン・スミスとともにリッパーGCでプレーしています。
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日本との関わり
| 選手 | 日本との主な関わり |
|---|---|
| ピーター・トムソン | アジア・日本で多数の優勝 |
| デビッド・グラハム | JALオープン、中日クラウンズ、ロレックス・ジャパンなどで優勝 |
| ジャン・スティーブンソン | 1981年ワールド・レディス・ゴルフ・トーナメント優勝 |
| カリー・ウェブ | 日本女子ツアーで複数回優勝 |
| ミンジー・リー | 東京五輪を含め複数回オリンピック出場 |
オーストラリアのトップ選手は欧米ツアーだけの存在ではなく、日本の大会でも長年活躍してきました。
オーストラリアで観戦するなら
オーストラリア旅行中に世界トップクラスの選手を観戦するなら、11~12月の「サマー・オブ・ゴルフ」が狙い目です。
BMWオーストラリアPGA選手権
BMWオーストラリアPGA選手権(BMW Australian PGA Championship)は、2026年11月26~29日にシドニーのザ・レイクス・ゴルフクラブ(The Lakes Golf Club)で開催されます。
ニューサウスウェールズ州での開催は約30年ぶり。賞金総額250万豪ドルで、オーストラリアの有力選手や海外選手が集まります。
オーストラリアン・オープン
オーストラリアン・オープン(Australian Open)は、2026年12月3~6日にメルボルンのキングストン・ヒース・ゴルフクラブで開催されます。
2026年大会にはアダム・スコット、キャメロン・スミス、キャム・デービスらの出場が発表されており、海外からはローリー・マキロイも出場予定です。
国内大会は選手との距離が比較的近く、練習場やティーイングエリア周辺で世界レベルのスイングを見られるのも魅力です。
オーストラリア出身ゴルファーに関するよくある質問(FAQ)
ピーター・トムソンです。1954、1955、1956、1958、1965年の全英オープンで通算5勝を挙げています。
実績ではカリー・ウェブが代表的です。LPGAツアー41勝、女子メジャー7勝を記録しています。
アダム・スコットです。2013年にアンヘル・カブレラとのプレーオフを制し、オーストラリア人として初めてグリーンジャケットを獲得しました。
男子ではミンウー・リー、女子ではミンジー・リー、ハンナ・グリーン、グレース・キムなどが世界のトップツアーで活躍しています。
はい。ミンジーが姉、ミンウーが弟です。ともにパース出身で、姉はLPGA、弟はPGAツアーを中心に活躍しています。
11月26~29日のBMWオーストラリアPGA選手権、12月3~6日のオーストラリアン・オープンが代表的です。
2回です。1986年と1993年の全英オープンを制しています。世界ランキング1位には通算331週在位しました。
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オーストラリアではここ10年ほどで、日本酒の存在感が大きく高まりました。以前は日本食レストランで熱燗を飲む程度のイメージが強かったものの、現在は純米、吟醸、純米大吟醸、生酒、にごり酒、スパークリングなどを選んで楽しむ人が増えています。
背景には、寿司や居酒屋だけでなく、オマカセ、高級レストラン、モダン・オーストラリアン料理などで日本酒を料理と合わせる店が増えたことがあります。オーストラリア人の日本旅行が一般的になり、日本で初めて本格的な日本酒を飲んだ人が帰国後も楽しむようになったことも人気を押し上げています。
日本から輸入される銘柄も急増しました。2024年にオーストラリアが輸入した日本酒は約67万8,000リットルで、2011年の約3倍。オーストラリアは日本酒の主要輸出先の一つとなっています。
一方、オーストラリア国内で造られる日本酒もあります。1996年にシドニー西部ペンリス(Penrith)で操業を始めたサン・マサムネ(Sun Masamune)の「豪酒(Go-Shu)」はその先駆けでした。ただし、サン・マサムネのオーストラリア工場は2021年に操業を終了しており、現在は新たな世代のクラフト醸造家が現地産米などを使ったSAKE造りに取り組んでいます。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリアでの日本酒人気、どのように飲まれているか、購入できる場所、価格帯、酒フェスティバル、そして豪酒、メルボルン・サケなどオーストラリアと関係の深い日本酒について詳しく紹介します。
オーストラリアで日本酒が人気に


オーストラリアで日本酒は、もはや日本食レストランだけの珍しい飲み物ではありません。
シドニー(Sydney)やメルボルン(Melbourne)を中心に、日本酒を数十種類そろえるレストラン、専門の酒バー、オンラインショップが増えました。
大手酒販チェーンでも純米酒、吟醸酒、純米大吟醸、にごり酒などを購入でき、初めて日本酒を試す人から愛好家まで選択肢が広がっています。
特に近年は「SAKE」という名称がそのまま定着し、ワインリストの中に日本酒専用ページを設ける店も珍しくありません。
日本からの輸入量も大きく増加
日本酒人気の伸びは輸入量にも表れています。
2024年にオーストラリアが輸入した日本酒は677,962リットル。2011年と比べると約3倍まで増えました。
オーストラリアは日本酒の輸入国として世界でも上位に入り、日本の酒蔵にとって重要な市場の一つになっています。
日本国内では若年層の日本酒離れが話題になる一方、オーストラリアでは日本食、日本旅行、日本文化への関心を背景に新しい飲み手が増えているのが興味深いところです。
なぜ人気が高まっている?
日本食が日常的になった
寿司、ラーメン、焼き鳥、居酒屋、オマカセなど、日本食はオーストラリアの都市部では日常的な外食の選択肢です。料理と一緒に日本酒を注文する機会も自然に増えています。
日本旅行を経験する人が増えた
日本を旅行し、現地の居酒屋や酒蔵で初めて本格的な日本酒を飲んだオーストラリア人が、帰国後に同じ銘柄やスタイルを探すケースも増えています。
ワイン文化との相性が良い
オーストラリアではワイン文化が成熟しているため、産地、米の種類、精米歩合、酵母、香り、甘辛、温度、料理との相性を比較しながら飲む日本酒の楽しみ方が受け入れられやすい面があります。
酒フェスティバルが入口になっている
日本酒を一度に飲み比べられるイベントがシドニー、メルボルン、ブリスベン(Brisbane)で開催され、初心者が日本酒に触れる機会が増えています。
オーストラリアではどう飲まれている?
プレミアム酒は冷酒が中心
吟醸、純米吟醸、純米大吟醸、生酒などは、オーストラリアでも冷やして提供されることが多くなっています。
ワイングラスで提供し、香りを楽しませるレストランもあります。
居酒屋では燗酒も健在
カジュアルな居酒屋では、徳利に入れた温かい日本酒も定番です。冬のメルボルンやタスマニアなど寒い地域では、燗酒を注文したくなる日も多いでしょう。
グラス単位で試す
日本酒に詳しいレストランでは、720mlのボトルを一本頼むだけでなく、60~120ml程度のグラス単位で数種類を試せることがあります。
カクテルにも使われる
若い世代やバーでは、日本酒をそのまま飲むだけでなく、柚子、ジン、ベルモット、果物などと合わせたSAKEカクテルとして提供されることもあります。
日本食以外とのペアリング
オーストラリアで面白いのが、日本酒を日本食だけに限定しない飲み方です。
| 料理 | 合わせやすい日本酒 |
|---|---|
| 生牡蠣、白身魚、バラマンディ | 軽快な純米、吟醸、辛口タイプ |
| ロブスター、ホタテ | 純米吟醸、純米大吟醸 |
| チーズ | 旨味の強い純米、生酛、山廃 |
| ピザ | 酸のある純米、生酒 |
| ステーキ、焼いた肉 | 熟成酒、濃醇な純米、生酛 |
| スパイシーなアジア料理 | 香りのある吟醸、やや甘口の酒 |
高級レストランではワイン・ペアリングと同じ感覚で、コース料理の一皿に日本酒を合わせる例も見られます。
レストラン・バーで飲む
日本酒を初めて試すなら、専門知識のあるスタッフがいる店でグラスから注文するのがおすすめです。
日本食レストラン
寿司、オマカセ、懐石、居酒屋、焼き鳥店などでは最も選択肢が豊富です。
モダン・オーストラリアン
近年は、日本食ではない高級レストランにも日本酒が採用されています。メルボルン・サケも、スーパー・ノーマル(Supernormal)、アイデス(Ides)、ブレイ(Brae)などでグラス提供された実績があります。
SAKEバー
シドニーやメルボルンには、日本酒を中心に扱う専門バーや酒屋併設型の店もあります。スタッフに「light and dry」「rich and umami」「fruity」など好みを伝えると選びやすくなります。
日本酒を購入できる場所
在豪邦人が自宅用に買う場合、日本酒は以前より格段に探しやすくなっています。
- 大手酒販チェーン
- 日本・アジア系スーパーマーケット
- 日本酒専門店
- ワイン専門店
- オンライン酒販店
- 酒フェスティバル会場
生酒や要冷蔵商品を買う場合は、常温棚の商品だけでなく、冷蔵管理の状態も確認するとよいでしょう。
ダン・マーフィーズ
旅行者や在豪邦人に最も分かりやすい購入先の一つが、大手酒販チェーンダン・マーフィーズ(Dan Murphy’s)です。
2026年9月現在、オンラインでは100種類を大きく超える日本酒関連商品が掲載されており、黄桜、月桂冠、白鶴、李白、酔鯨、獺祭など幅広いブランドが流通しています。
ただし、オンライン掲載商品すべてが各店舗に並ぶわけではありません。特定銘柄を探す場合は、ウェブサイトで店舗在庫を確認してから行く方が確実です。
日本酒専門店・オンラインショップ
サケ・セレクター
サケ・セレクター(Sake Selector)は、オーストラリア酒フェスティバルとオーストラリアン・サケ・アワードの公式オンラインショップです。
2026年9月現在、日本酒カテゴリーだけで170種類以上が掲載され、メルボルン・サケやミュニシパル・サケも扱っています。
サケ・ブティック
サケ・ブティック(Saké Boutique)は、日本の小規模酒蔵を中心にプレミアム酒を扱う専門店です。シドニー、メルボルン、ブリスベン、アデレードの都市圏へ配送しています。
オウサケ
オウサケ(AUSAKE)はメルボルンに倉庫を持つ輸入業者・オンラインショップで、日本からオーストラリアまで0℃管理を掲げ、生酒など温度管理が重要な商品も扱っています。
JFCオンライン
JFCオンライン(JFC Online)でも多くの日本酒を購入できます。メルボルン向けサイトでは2026年9月現在、160種類以上が掲載されています。
価格帯の目安
| タイプ | 小売価格の目安 |
|---|---|
| 180~300mlの小瓶 | 6~20豪ドル前後 |
| 一般的な720ml純米・普通酒 | 20~40豪ドル前後 |
| 純米吟醸・吟醸 | 40~70豪ドル前後 |
| 純米大吟醸・高級酒 | 60~120豪ドル前後 |
| 希少銘柄・限定酒 | 100~200豪ドル以上 |
輸送費、冷蔵輸送、輸入業者の規模、オーストラリアの酒税・流通コストなどにより、日本で買うより高くなる商品が一般的です。
一方、大手ブランドの定番商品には20~30豪ドル台のものもあり、以前より気軽に日本酒を試せるようになっています。
オーストラリア酒フェスティバル
オーストラリア酒フェスティバル(Australian Sake Festival)は、日本酒人気を象徴するイベントの一つです。
2026年はブリスベン、メルボルン、シドニーの3都市で開催されます。
| 都市 | 2026年日程 | 会場 |
|---|---|---|
| ブリスベン | 6月19~21日 | ジョン・リード・パビリオン |
| メルボルン | 7月4~5日 | ロイヤル・エキシビション・ビルディング |
| シドニー | 9月11~13日 | オーバーシーズ・パッセンジャー・ターミナル |
2026年のブリスベン会場には約4,000人、メルボルン会場には約7,200人が来場しました。全国では年間約2万人を集めるイベントへ成長しています。
シドニー会場では400種類以上、日本各地の酒蔵やオーストラリアの輸入業者が参加する予定で、日本酒の飲み比べだけでなく、初心者向けセミナーや料理とのペアリングも行われます。
オーストラリアで造られる日本酒
日本酒市場の大半を占めるのは日本からの輸入品ですが、オーストラリア国内でも日本式の製法を取り入れたSAKE造りが行われています。
現地醸造の歴史を語るうえで外せないのがサン・マサムネ、現在のクラフトSAKEを代表する存在の一つがメルボルン・サケです。
サン・マサムネと豪酒
サン・マサムネ(Sun Masamune)は、1996年にシドニー西部のペンリスで本格的な酒造りを始めた、オーストラリア産日本酒の先駆者です。
代表ブランドが豪酒(Go-Shu)でした。「豪州」の「豪」と日本酒の「酒」を掛けた、日本人にも分かりやすい名前です。
オーストラリア産ジャポニカ米を使用し、ブルー・マウンテンズ(Blue Mountains)地域の水を使い、日本式の麹造り、発酵、精米技術を取り入れていました。
ペンリス市による2019年の紹介では、マランビジー灌漑地域(Murrumbidgee Irrigation Area)で生産された米を使用し、生産量の約80%を海外へ輸出していたとされています。日本へ逆輸出された時期もありました。
重要:サン・マサムネのペンリス工場は2021年に操業を終了しています。そのため「豪酒」はオーストラリア産SAKEの歴史を代表するブランドですが、現在ペンリスで新たに醸造されている商品ではありません。オンラインショップなどに古い商品情報が残っている場合があるので注意してください。
日本の小西酒造との関係
サン・マサムネの商業生産には、兵庫県伊丹の老舗、小西酒造(Konishi Brewing)の技術協力・出資が関わりました。日本の伝統技術とオーストラリアの米・水を組み合わせたことが、豪酒の大きな特徴でした。
豪酒にはどんな種類があった?
| 商品 | 特徴 |
|---|---|
| Go-Shu | オーストラリア産ジャポニカ米を使った純米タイプ。冷酒・常温・燗でも楽しめる |
| Go-Shu Nama | よりフルーティーで、4~10℃程度の冷酒向け |
| Go-Shu Blue | 精米歩合60%の吟醸タイプ |
| Go-Shu 40 | 米を40%まで磨いた高精白タイプ |
| Nama Genshu | 加水を抑えた原酒タイプ |
現在も一部の小売サイトには商品ページが残っていますが、販売在庫の有無と新規製造の有無は別です。購入する場合は製造時期や保管状態を確認してください。
メルボルン・サケ
メルボルン・サケ(Melbourne Sake)は、2021年にスタートしたクラフトSAKEメーカーです。
同社は自らを「オーストラリア初のクラフトSAKEブルワリー」と位置付けています。これは、1996年から操業したサン・マサムネが「最初の本格的な商業酒蔵」であるのに対し、小規模クラフト醸造という新しい世代を示す表現と考えると分かりやすいでしょう。
ニューサウスウェールズ州産の米などオーストラリアの原料を使い、日本の伝統的な米・麹・酵母・水による製法をベースに、より濃厚で旨味のあるオーストラリア独自のSAKEを目指しています。
冬の醸造シーズンに少量生産し、レストランや専門店を中心に流通しています。
TM’ Tachiminori
現在流通する代表的な商品にTM’ タチミノリ(TM’ Tachiminori)があります。
750ml、アルコール14%の生酒タイプで、洋梨、リンゴ、グレープフルーツ、焼いたパン、米などを連想させる風味と紹介されています。
サケ・セレクターでは2026年に64豪ドルで販売されています。
ピザ、肉、チーズにも
TM’ タチミノリの推奨ペアリングには、ピザ、肉、チーズなどが挙げられています。こうした発想は、日本の日本酒をそのまま再現するのではなく、オーストラリアの食文化に合わせるクラフトSAKEらしい特徴です。
ミュニシパル・サケとの違い
ミュニシパル・ワイン&サケ(Municipal Wine & Sake)も、オーストラリア人醸造家マット・フルード(Matt Froude)が手掛ける注目ブランドです。
ただし、ここは「オーストラリアで醸造されるSAKE」と区別して考える必要があります。
マット・フルードはヴィクトリア州を拠点にワインとSAKEを販売していますが、現在のミュニシパルのSAKEは日本の米を使い、日本で醸造しています。
代表商品には、兵庫県産愛山を使った純米大吟醸「ラブ・マウンテン(Love Mountain)」や、滋賀県産山田錦・吟吹雪を使った生酛純米「スノー・マウンテン(Snow Mountain)」があります。
オーストラリア人が造るSAKEではありますが、「Made in Australia」ではない点は、メルボルン・サケとは異なります。
オーストラリア産SAKEの特徴
オーストラリア産米
サン・マサムネ、メルボルン・サケとも、オーストラリアで栽培された米をSAKE造りに活用してきました。
少量生産
現在のクラフトSAKEは、日本の大手酒蔵のような大量生産ではなく、季節限定・小ロットで造る商品が中心です。
食中酒としての個性
日本料理だけでなく、チーズ、肉、ピザ、シーフードなどオーストラリアの日常的な料理と合わせることを意識した商品が多いのも特徴です。
日本酒をそのままコピーしない
米、水、気候、設備が日本と異なるため、日本酒の技術を尊重しながら「オーストラリアで造る意味」を出そうとする方向性が見られます。
冷酒・常温・燗酒
日本酒は必ず温めるものではありません。
| 温度 | 向いているタイプ |
|---|---|
| 5~10℃ | 生酒、吟醸、純米吟醸、純米大吟醸 |
| 10~15℃ | 香りのある吟醸系、クラフトSAKE |
| 15~20℃ | 純米、生酛、熟成タイプ |
| 35~45℃ | 旨味のある純米、燗向きの普通酒 |
オーストラリアでは冷蔵したSAKEをワイングラスで飲むスタイルが広がっています。一方、居酒屋で熱燗を楽しむ文化も残っています。
購入後の保存方法
生酒は必ず冷蔵
「Nama」「Namazake」と表示された生酒は、基本的に冷蔵保存が必要です。
開栓後も冷蔵庫へ
一般的な日本酒も開栓後は冷蔵し、風味が良いうちに飲み切るのがおすすめです。
直射日光を避ける
日本酒は光と高温に弱いため、未開栓でも直射日光の当たる場所や暑い車内に長時間置かないようにします。
専門店の温度管理も選ぶポイント
生酒や高級吟醸酒を買う場合は、輸送から店舗保管まで冷蔵管理している専門店を選ぶと安心です。
購入・飲酒年齢
オーストラリアで酒類を購入できるのは18歳以上です。
酒販店、レストラン、酒フェスティバルでは、年齢確認のためパスポート、オーストラリアの運転免許証、Proof of Age Cardなど写真付き身分証明書の提示を求められることがあります。
日本からの旅行者は、パスポートを求められる可能性を考えておくとよいでしょう。
旅行者がお土産に買うなら
日本からの旅行者がオーストラリアで日本酒を買って日本へ持ち帰るなら、日本から輸入された酒よりも、オーストラリアでしか手に入りにくいクラフトSAKEを選ぶ方がお土産として面白いでしょう。
メルボルン・サケ
現在オーストラリアで醸造されるSAKEとして分かりやすい選択肢です。販売量が限られるため、専門オンライン店や取扱レストランで在庫を確認してください。
豪酒はヴィンテージ・歴史的存在として
サン・マサムネは2021年に操業終了しています。もし市場で豪酒を見つけても、現在醸造中のオーストラリア土産ではありません。保管状態や製造時期を確認してから購入してください。
日本産SAKEを買う意味もある
オーストラリア向け限定ラベルや、日本では見かけにくい輸出限定商品が販売されることもあります。酒フェスティバル限定商品などは、日本人旅行者にとっても面白い選択肢です。
オーストラリアの日本酒に関するよくある質問(FAQ)
人気は大きく伸びています。2024年の日本酒輸入量は約67万8,000リットルで、2011年の約3倍です。シドニー、メルボルン、ブリスベンでは大規模な酒フェスティバルも開催されています。
吟醸酒や生酒は冷酒で、純米酒は常温や燗でも飲まれます。高級レストランではワイングラスで提供したり、日本食以外の料理とのペアリングに使ったりする例も増えています。
ダン・マーフィーズなど大手酒販店、日本食材店、日本酒専門店、オンラインショップで購入できます。サケ・セレクター、サケ・ブティック、オウサケ、JFCオンラインなどは品ぞろえが豊富です。
いいえ。ペンリスのサン・マサムネ工場は2021年に操業を終了しました。豪酒は1996年から続いたオーストラリア産日本酒の先駆的ブランドですが、現在ペンリスで新規醸造されている商品ではありません。
あります。代表例が2021年に始まったメルボルン・サケです。ニューサウスウェールズ州産米など現地原料を使い、少量のクラフトSAKEを醸造しています。
商品と販売店によります。2026年9月時点では、TM’ タチミノリ750mlがサケ・セレクターで64豪ドルで販売されています。
合います。オーストラリアでは牡蠣、バラマンディ、ロブスター、チーズ、ピザ、肉料理などとのペアリングも提案されています。旨味と酸味を生かすと洋食にも合わせやすい酒です。
オーストラリアでは18歳以上です。旅行者は酒販店やイベントでパスポートなど写真付き身分証明書の提示を求められる場合があります。
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オーストラリアのお酒といえば、ワインやクラフトビールを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、サトウキビの一大産地であるクイーンズランド州(Queensland)を中心に、オーストラリアでは古くからラム酒が造られてきました。
全国的に知られるバンダバーグ・ラムから、オーストラリア最古の登録蒸留所として知られるビーンリー、サトウキビを自社農園で栽培するハスク、ヴィクトリア州のジミーラムやキリックなど、現在は大手ブランドと小規模クラフト蒸留所が共存するラム酒文化が育っています。
オーストラリアのラム酒は、糖蜜を原料とした濃厚で力強いタイプだけではありません。搾りたてのサトウキビ汁を使ったフレッシュなスタイル、野生酵母による香りの強い「ホゴ」スタイル、ワイン樽やブランデー樽で熟成したものなど、その幅は年々広がっています。
また、オーストラリアの法律では、サトウキビ由来の原料を発酵・蒸留しただけではすぐに「ラム」と名乗れるわけではありません。オーストラリアで製造されたラム酒は、木製の樽などで最低2年間熟成する必要があります。2年未満のものは一般にケイン・スピリットなどとして販売されます。
この記事では、日本からの旅行者と在豪邦人向けに、オーストラリア産ラム酒の歴史、特徴、原料、製法、主要産地、代表的な蒸留所、蒸留所ツアー、飲み方、日本への持ち帰りまで詳しく紹介します。
オーストラリアのラム酒とは?


ラム酒は、サトウキビから作られる蒸留酒です。一般的には砂糖を精製する際にできる糖蜜(molasses)、または搾りたてのサトウキビ汁(sugarcane juice)を発酵させ、蒸留して造ります。
カリブ海諸国のイメージが強いラム酒ですが、オーストラリアも世界有数のサトウキビ生産国で、特にクイーンズランド州沿岸部には広大なサトウキビ畑と製糖工場があります。
その副産物として生まれる糖蜜を有効利用する形でラム造りが発展し、現在では「オーストラリアらしいテロワール」を意識した新しいタイプのラムも登場しています。
オーストラリアとラム酒の歴史
ラム酒とオーストラリアの関係は、ヨーロッパ人による植民地時代の初期までさかのぼります。
ニューサウスウェールズ植民地では慢性的に貨幣が不足し、18世紀末から19世紀初めにかけて、輸入されたラム酒などの蒸留酒が事実上の交換手段として使われることがありました。
当時のラム酒は現在のオーストラリア産ラムとは別物で、インドなどから輸入されたものが中心でした。それでも「ラム」という言葉は、オーストラリア初期の経済や政治を語るうえで欠かせない存在となっています。
ラム酒暴動と植民地時代
1808年に起きたラム・リベリオン(Rum Rebellion/ラム酒暴動)は、オーストラリア史上唯一、軍事力によって政府が倒された事件として知られています。
当時のニューサウスウェールズ軍団はラム酒などの交易を強く支配していました。総督ウィリアム・ブライ(William Bligh)が酒類を使った物々交換や軍団の商業的影響力を制限しようとしたことも対立の一因となり、1808年1月26日にブライは軍団によって拘束されました。
「ラム酒をめぐって起きた反乱」という単純な事件ではありませんが、当時ラム酒が植民地経済で大きな力を持っていたことを象徴する出来事です。
オーストラリアで「ラム」と呼べる条件
オーストラリアの法律では、ラム酒はサトウキビ由来の原料を発酵させた液体を蒸留し、ラム特有の味・香り・特徴を持つ蒸留酒とされています。
さらに、オーストラリア国内で製造されたラム酒は、出荷される前に木製容器で最低2年間熟成しなければなりません。
2年未満は「ケイン・スピリット」
サトウキビから造られていても、木樽熟成が2年未満の場合は正式な「Rum」として販売できません。そのため、クラフト蒸留所ではCane Spirit、Cane Agricole、Cane Juice Spiritなどの名称が使われることがあります。
ホワイトラムも2年以上熟成
透明なホワイトラムを見ると「熟成していないのでは?」と思うかもしれませんが、オーストラリア産で正式にRumと表示されるホワイトラムも、原則として2年以上木樽熟成した原酒をベースにしています。熟成後にろ過して色を落とす方法などが使われます。
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なぜクイーンズランド州でラム造りが盛んなのか
オーストラリアのサトウキビ生産の中心は、温暖で降水量の多いクイーンズランド州沿岸部です。
バンダバーグ(Bundaberg)、マッカイ(Mackay)、ケアンズ(Cairns)周辺を旅行すると、郊外に広大なサトウキビ畑を見ることができます。
砂糖を製造すると大量の糖蜜が副産物として発生します。糖蜜は糖分を多く含むため発酵に適しており、これを蒸留することでラム酒を造ることができます。
バンダバーグやビーンリーのような歴史ある蒸留所がクイーンズランド州に誕生した背景には、サトウキビ農業と製糖業が身近にあったことが大きく関係しています。
糖蜜ラムとサトウキビ汁ラムの違い
| 原料 | 特徴 |
|---|---|
| 糖蜜 | コクがあり、キャラメル、黒糖、バニラ、ドライフルーツなどを感じるタイプが多い |
| サトウキビ汁 | 草、青いサトウキビ、柑橘、花、土など、フレッシュで植物的な香りが出やすい |
| 糖蜜+サトウキビ汁 | 伝統的なラムらしい厚みと、サトウキビ由来の爽やかさを両立しやすい |
バンダバーグやビーンリーは伝統的な糖蜜ベースです。一方、ニューサウスウェールズ州北部のハスクは、自社農園のサトウキビを搾ったジュースを使う「ファーム・トゥ・ボトル」のラム造りで知られています。
オーストラリア産ラムの主なスタイル
ダーク/ゴールド・ラム
オーク樽で熟成したラムで、バニラ、キャラメル、トフィー、ドライフルーツ、スパイスなどの香りが楽しめます。バンダバーグやビーンリーの代表的なスタイルです。
ホワイト・ラム
軽快でカクテルに使いやすいタイプ。オーストラリアの法律上Rumとして売られるものは最低熟成条件を満たしています。
スパイスド・ラム
ラムにスパイスや植物素材などの香味を加えたものです。オーストラリア固有のボタニカルを取り入れるクラフトメーカーもあります。
ケイン・ジュース系
搾りたてのサトウキビ汁を原料にするスタイルです。フランス領カリブで見られるラム・アグリコールに近い考え方ですが、オーストラリアでは独自に「Australian Cultivated Rum」などの表現を使う造り手もあります。
ホゴ・スタイル
ヴィクトリア州のキリックは、ジャマイカ系ラムに見られるホゴ(hogo)と呼ばれる強い発酵香を重視しています。熟したバナナ、トロピカルフルーツ、発酵果実のような個性的な香りが特徴です。
代表的なラム蒸留所
| 蒸留所・ブランド | 州 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| バンダバーグ・ラム | クイーンズランド | 1888年創業。糖蜜ベースの代表的な豪州ラム |
| ビーンリー・ラム | クイーンズランド | 1884年創業。オーストラリア最古の登録蒸留所 |
| ハスク・ラム | ニューサウスウェールズ | 自社農園のサトウキビを使うファーム・トゥ・ボトル |
| ロード・バイロン | ニューサウスウェールズ | 地元産糖蜜、再生可能エネルギー、ゼロ・ウェイスト志向 |
| ジミーラム | ヴィクトリア | モーニントン半島のクラフトラム専門蒸留所 |
| キリック | ヴィクトリア | オーストラリア初を掲げるホゴ・ラム専門蒸留所 |
バンダバーグ・ラム
バンダバーグ・ラム(Bundaberg Rum)は、オーストラリアで最も広く知られているラム酒ブランドの一つです。
バンダバーグ蒸留所は1888年、地元のサトウキビ産業で余る糖蜜を有効活用する目的から設立され、1889年に最初のラムを出荷しました。
現在も地元産サトウキビ由来の糖蜜を使用し、発酵、蒸留後に木樽で最低2年間熟成しています。
定番のバンダバーグ・ラム・オリジナルのほか、熟成期間や樽の違いを生かした上位レンジ、限定品などもあります。
バンダバーグ蒸留所を見学できる
ブリスベンから北へ約4時間のバンダバーグには、実際に稼働している蒸留所とビジター施設があります。
2026年9月時点のミュージアム&ディスティラリー・エクスペリエンスは大人30豪ドルで、博物館見学、蒸留所ガイドツアー、成人は最後に2種類のテイスティングが含まれます。
ビーンリー・ラム
ビーンリー・ラム(Beenleigh Rum)は、ブリスベンとゴールドコーストの間にあるイーグルビー(Eagleby)で造られています。
1884年創業で、公式にはオーストラリア最古の登録蒸留所、そして現在も稼働する最古の蒸留所とされています。
その起源には、アルバート川(Albert River)で使われていた蒸気船兼製糖設備「エスエス・ウォルラス(S.S. Walrus)」に載っていた銅製蒸留器の伝説が残っています。
現在は地元産糖蜜、クイーンズランドの雨水、独自酵母を使い、連続式蒸留と大型銅製ポットスチルを組み合わせています。
熟成にはかつてオーストラリア産ブランデーを入れていた木樽・木製熟成槽も利用され、2年物だけでなく5年、10年、15年といった長期熟成原酒も造られています。
蒸留所・レストランも営業
ビーンリーでは蒸留所見学、ラムのテイスティング、レストランなどを楽しめます。ツアーは生産エリアへ入るため、つま先の覆われた靴が必要です。
ハスク・ラム
ハスク・ファーム・ディスティラリー(Husk Farm Distillery)は、ニューサウスウェールズ州北部トゥイード(Tweed)地域にあります。
最大の特徴は、蒸留所の周囲にある自社農園でサトウキビを育て、収穫、搾汁、発酵、蒸留、熟成、瓶詰めまでを行うファーム・トゥ・ボトル方式です。
同社は2012年から搾りたてのサトウキビ汁を使うオーストラリア独自のスタイルを追求し、現在は「オーストラリアン・カルティベーテッド・ラム(Australian Cultivated Rum=ACR)」という考え方も打ち出しています。
ACR認証を付ける一部商品は、単一農園のサトウキビ汁100%、ノンチルフィルター、香料・着色料・甘味料無添加で造られています。
サトウキビを切るツアーも
ファーム・トゥ・ボトル・ツアーでは、自分でサトウキビを切り、搾汁し、ラム造りの工程を農場から樽まで追うことができます。2026年9月時点で1人95豪ドルです。
ロード・バイロン・ディスティラリー
ロード・バイロン・ディスティラリー(Lord Byron Distillery)は、ニューサウスウェールズ州バイロンベイ(Byron Bay)にある家族経営の蒸留所です。
バイロンベイ周辺で調達した糖蜜と自家農園の水を使い、発酵、蒸留、熟成、瓶詰めまでを現地で行っています。
100%再生可能エネルギーとゼロ・ウェイストを掲げ、環境負荷を抑えた蒸留所運営を特徴としています。
ピュア・シングル・ラム、スパイスド・ラム、シルバー・ケインなどを造り、セラードアでは蒸留所ツアーとテイスティングも実施しています。
ジミーラム
ジミーラム(JimmyRum)は、メルボルン南東のモーニントン半島(Mornington Peninsula)、ドロマナ(Dromana)にあるクラフト蒸留所です。
同社はヴィクトリア州初のラム専門クラフト蒸留所を掲げ、シルバー、スパイスド、ネイビー・スタイルなど幅広いラムを造っています。
蒸留所にはバー、レストラン、ラム・ガーデンが併設され、ワイナリー巡りで知られるモーニントン半島で、ワインとは違う体験ができるスポットです。
2026年9月時点のツアー&テイスティング・ベンチは20豪ドル。1,500リットルの銅製スチル「マチルダ」を前に、定番商品や未発売原酒などを試飲できます。
キリック
キリック・ハンドクラフテッド・ラム(Killik Handcrafted Rum)は、メルボルン郊外ベルグレーブ(Belgrave)にある蒸留所です。
最大の特徴は、ジャマイカ系ラムで知られるホゴという強い発酵由来の香りです。野生的な発酵から、完熟バナナ、イチゴ、トロピカルフルーツなどを連想させる個性的な香りを引き出します。
キリックは自らをオーストラリア初のホゴ・ラム蒸留所と位置付け、従来の「甘くて重いラム」というイメージとは違う、発酵香を前面に出したラムを造っています。
ベルグレーブのディスティラリー・ドアにはレストランとバーも併設されています。
州別に見るラム酒の特徴
| 州・地域 | 特徴 |
|---|---|
| クイーンズランド州 | サトウキビ産地。バンダバーグ、ビーンリーなど歴史ある糖蜜ラムの中心 |
| ニューサウスウェールズ州北部 | サトウキビ栽培とクラフト蒸留を組み合わせたファーム型が目立つ |
| ヴィクトリア州 | 原料産地よりも発酵・蒸留技術、熟成、クラフト性を重視した小規模蒸留所が発展 |
| 西オーストラリア州 | 規模は小さいがローカル原料を使うクラフト・スピリッツ文化の一部としてラムも生産 |
| タスマニア州 | ウイスキーほど生産者は多くないものの、小規模蒸留所によるラムやケイン・スピリットが見られる |
同じ「オーストラリア産ラム」でも、クイーンズランドの伝統的な糖蜜系と、ヴィクトリアのクラフト系ではかなり印象が異なります。
蒸留所見学・テイスティング
| 蒸留所 | 主な体験 | 2026年9月時点 |
|---|---|---|
| バンダバーグ | 博物館+蒸留所ツアー+試飲2種 | 大人30豪ドル |
| バンダバーグ | 自分でラムをブレンドし700ml×2本を持ち帰る体験 | 250豪ドル |
| ハスク | テイスティング・トレイル | 49豪ドル |
| ハスク | ファーム・トゥ・ボトル・ツアー | 95豪ドル |
| ジミーラム | ツアー&テイスティング・ベンチ | 20豪ドル |
| ビーンリー | 蒸留所見学+18歳以上の試飲 | 予約時に確認 |
| ロード・バイロン | 蒸留所見学+3種類のテイスティング | 予約時に確認 |
料金、開催曜日、内容は変更されることがあります。訪問前に各蒸留所の公式予約ページで最新情報を確認してください。
テイスティング後は運転しない
オーストラリアでは飲酒運転に厳しい規制があります。試飲をする場合は、タクシー、配車サービス、ツアーバス、同行する非飲酒ドライバーなどを利用してください。
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価格帯の目安
オーストラリア産ラム酒は、大量生産品と小規模クラフト品で価格差があります。
| タイプ | 小売価格の目安 |
|---|---|
| 一般的なスタンダード・ラム | 40~60豪ドル前後 |
| クラフト・ラム | 65~100豪ドル前後 |
| 長期熟成・限定品 | 100~200豪ドル以上 |
| シングルカスク・希少品 | 200豪ドルを超えることもある |
オーストラリアでは酒税負担が大きく、小規模蒸留所は原料、設備、樽熟成、保管コストも高いため、クラフトラムは輸入大手ブランドより高価になることがあります。
おすすめの飲み方
ストレート
長期熟成品やシングルカスクは、まず常温のストレートで香りを確認するのがおすすめです。
少量加水
高アルコール度数のラムは、数滴の水を加えると香りが開くことがあります。
オン・ザ・ロック
暑いクイーンズランドでは、氷を入れてゆっくり飲むスタイルもよく合います。
ジンジャービア割り
オーストラリアではラムとジンジャービアの相性が非常によく、ライムを加えるだけで爽快なロングドリンクになります。
オーストラリアで定番のラム・カクテル
ラム&コーク
オーストラリアのパブでも昔から親しまれている定番。バンダバーグ・ラムとコーラの組み合わせは特に有名です。
ダーク&ストーミー系
ダークラム、ジンジャービア、ライムを組み合わせた爽やかなスタイル。暑い地域で特に飲みやすいカクテルです。
ダイキリ
ホワイトラム、ライムジュース、砂糖というシンプルな構成で、サトウキビ汁系ラムの個性を楽しむのにも向いています。
ティ・パンチ
サトウキビ汁ラム、ライム、砂糖で作るシンプルな飲み方です。ハスクでは、ファーム・トゥ・ボトル・ツアーの導入としてこのスタイルを体験できます。
お土産に選ぶなら
日本でもバンダバーグなど一部の銘柄は見つかりますが、蒸留所限定品、小ロットのクラフトラム、シングルカスクなどはオーストラリア旅行らしいお土産になります。
蒸留所限定ボトル
現地のセラードアだけで販売される商品や限定ブレンドは、お土産として特別感があります。
700mlが一般的
オーストラリアの蒸留酒は700mlボトルが多く、日本の免税範囲を計算しやすいサイズです。
預け荷物へ
100mlを超える液体は国際線の機内持ち込み制限にかかるため、市中で購入したラム酒は基本的にスーツケースへ入れて預けます。割れないよう衣類などで十分に保護してください。
日本へ持ち帰る際の免税範囲
日本へ帰国する20歳以上の旅行者が酒類を持ち込む場合、1人につき760ml換算で3本までが免税範囲です。
700mlのラム酒であれば、一般的には3本までがこの範囲に収まります。
免税範囲を超えて持ち帰ること自体は禁止されていませんが、超過分について税関で申告し、税金を支払う必要があります。
20歳未満には酒類の免税枠はありません。
オーストラリア出国時の航空会社規則にも注意
アルコール度数が高い蒸留酒は、航空会社や危険物規則によって預け入れできる容量に制限があります。一般的な40~50%前後のラムを複数本持ち帰る場合も、利用航空会社の最新規則を確認してください。
オーストラリアのラム酒に関するよくある質問(FAQ)
はい。特にクイーンズランド州はサトウキビ産地で、バンダバーグやビーンリーなど19世紀から続く蒸留所があります。現在はニューサウスウェールズ州やヴィクトリア州でもクラフトラムが造られています。
オーストラリア国内で製造されるラム酒は、正式にRumとして出荷するため木製容器で最低2年間熟成する必要があります。2年未満のものはCane Spiritなど別の名称で販売されます。
ビーンリー・ラムは1884年創業で、オーストラリア最古の登録蒸留所、現在も稼働する最古の蒸留所とされています。ブリスベンとゴールドコーストの間のイーグルビーにあります。
できます。2026年9月時点のミュージアム&ディスティラリー・エクスペリエンスは大人30豪ドルで、博物館、蒸留所ツアー、18歳以上は最後に2種類のテイスティングが含まれます。
糖蜜ラムはキャラメル、黒糖、バニラなど濃厚な風味が出やすく、サトウキビ汁を使うラムは青い草、柑橘、花などフレッシュな植物系の香りが出やすい傾向があります。
自社農園のサトウキビ汁から造るハスク、野生発酵由来のホゴ香を前面に出すキリック、モーニントン半島のジミーラムなど、それぞれ違う方向性のクラフトラムがあります。
20歳以上1人につき、760ml換算で3本までが日本の酒類免税範囲です。700mlボトルなら通常3本までが範囲内です。
蒸留所によって異なります。バンダバーグやビーンリーでは18歳未満も責任ある大人の同伴で通常ツアーに参加できますが、試飲は18歳以上のみです。大人限定の体験もあるため予約条件を確認してください。
オーストラリアの旅行手配
トラベルドンキーでは、オーストラリア各都市のオプショナルツアー(現地発着ツアー)、アクティビティ等をご紹介、ご予約を承っています。
オーストラリアを知り尽くしたオーストラリア在住のスタッフが対応しておりますので、正確な情報の提供、的確なアドバイス、到着フライトの遅延・欠航など、緊急時の迅速な対応も可能となっています。
オーストラリア旅行をご計画中の方は、是非トラベルドンキーのご利用をご検討ください。きっと素敵な思い出深いオーストラリア旅行になりますよ。
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